PHASE-26「黒い蝶




 C.E.79 5月6日 0800時。反バルフォア派の本拠地《ゴンドワナ》。

 「向こうも形振り構わなくなってきたな」
 《ゴンドワナ》討伐の正当性を訴えるモートンの演説に、コウイチ・アボットが苦い顔で呟く。
 自分たちがこの移動要塞に寄り集まったのは、何もバルフォア政権の転覆を狙ったわけではない。
 ただ突っ立っていては問答無用で殺され死すら隠匿されるのを知り、その理不尽から逃げ出しただけなのだ。
 たとえバルフォアやモートンが一般に悪政と指差されることをしても、プラントに生きる以上は従っても良かった。
 自分たちは五年前のラクス・クライン一派のような、ご大層な理想など持っていない。
 ディーゼルもそう考えていたからこそ、交渉のカードにと命がけであの映像を残してくれたのだ。
 命の保障さえあれば、バルフォアの傘下に入るも止むなしと思っていたのに、肝心のあちら側に突っぱねられてしまった。
 
 政治家としての役目を果たせずしょげているコウイチに対し、とっくに頭を切り替えている軍人たちは最終確認に余念がない。
 「連中の戦力は?」
 「モートン隊と、ヤマト隊のほぼ半数は《ゴンドワナ》追撃に回されると見積もっていいと思います。数の上では向こうがこちらの四倍ってところでしょうか」
 「戦艦の数は二対二。この《ゴンドワナ》自体が要塞だということを考えれば絶望的ではないだろうが」
 イザークの問いかけにアーサーが答え、ルナマリアがパネルに情報を入力していく。
 ザフト同士で争うなど前代未聞だったが、だからこそ相手の戦力は簡単に予想・把握できた。
 「やはり真正面からぶつかるのは得策とはいえませんな。こちらに同情的だった市民の感情が悪くなるかも」
 アランの言葉にアーサーが眉をひそめる。
 「今はそんなことを言っている場合じゃ…」
 「そうでもないさ。戦う以上は勝たなければならない。しかし勝ってもプラントに居場所がないなんてことは避けたい」
 「ならどうするんです?ただでさえ戦力差があるというのに」
 「モートンを、《ジュピター》だけを狙うって言うのはどうだ?」
 「確かに。《ジュピター》を落とせばあちら側は空中分解する可能性大ですね。キラ・ヤマトに指揮能力は皆無ですし」
 「そんなに上手くいきますか?」
 「今回の《ゴンドワナ》討伐はモートンが強引に決定したことだ。自分に唯々諾々と従う側近しか連れて行かないはず」
 「でも、でもっ、仮に戦闘に勝てたとしてですよ?それこそ僕らテロリストにされかねないじゃないですか」
 「討伐に対してバルフォアは許可こそしたが、俺たちをテロリストとはっきり明言したわけじゃない。モートンとも距離を置いていると聞いている。もしもの時は奴に全て責任を負わせて…」
 「見捨てる?」 
 焦っているモートンに対し、バルフォアは世論を冷静に眺めている。
 もし《ゴンドワナ》の自分たちが形だけでも勝利を収めることができれば、
 討伐行動はモートンの暴走だとして保身を図り、こちらに接近する可能性が高い。
 少なくともモートンほど過激な行動には出ないはずだ。
 「奴もバルフォアの態度の変化や思惑に感づいているはず。それこそ死に物狂いで抵抗してきますよ」
 「問題はモートンがどこに陣取るかだな」
 「あの男のことですから、自分が狙われる可能性は考えているでしょう。それに…」
 「キラ・ヤマトか」
 「!」
 「!」
 イザークが呟いたその名前に、ルナマリアとアーサーはさっと顔色を変えた。
 五年前、キラ・ヤマトと敵として戦った彼らにはすぐにイザークの言いたいことが分かったのだろう。
 《ストライクフリーダム》、《インフィニットジャスティス》、《アカツキ》。
 たった三体の機体で、圧倒的有利だったはずのザフトは敗北を喫した。
 無論《ネオ・ジェネシス》を強硬に撃とうとしたデュランダルや、それに反発して離反したジュール隊の影響も全くないわけではない。
 しかし完璧なパイロット(キラ・ヤマト)と完璧なMS(フリーダム)。
 この二つが揃うと、それだけで戦争の勝敗を左右しかねない要因になりうるという非現実的な事実が起こってしまったのがあの大戦だ。
 「《フリーダム》ももちろんだが《ディシジョン》以外の最新鋭機も気になる」
 「《コンヴィクション》と《エクスティンクション》でしたね」
 「タクトと戦った奴ですね。それと《マンティス》とかいう機体も」
 ルナマリアが視線を宙に泳がせながら応える。
 《ディシジョン》と《アトラス》の交戦記録の中にその二機と《マンティス》の映像が残っていたのを、ここにいる全員が繰り返し見ていた。
 「モートンは早期収集を狙うはずだ。今言った機体を突撃させてくるだろう」
 これにどう対処するか。
 それは指揮を下すアラン、アーサー、ルナマリアに掛かっていた。



 C.E.79 5月6日 0930時。《ゴンドワナ》に向けて航行中のヤマト隊旗艦《セラフィム》。

 すでにパイロットスーツに着替え、ヘルメットを抱えたキラが颯爽と格納庫に入る。
 その場にいた整備士、パイロットの全員が背筋を伸ばして敬礼した。
 面倒だとは思いつつ、それに形ばかりの敬礼を返していく。
 《ストライクフリーダム》のハンガーに向かう途中で専用スーツをまとった少年少女の姿を認め、キラは足を止めた。
 《マンティス》のパイロット三人と、あの水色の髪の少女だ。
 「ほのか、ちゃんと立って敬礼しろよ!」
 《マンティスα》、通称《アルファ》のパイロットのリーゼ・エッシェンバッハが、虚ろな表情で座り込んでいる少女の腕を掴んで無理矢理立たせようとしていた。
 それを《ベータ》と《ガンマ》のサスケ、スズネ兄妹が困った顔で見ている。
 キラはため息をつくと、「敬礼はもういいよ」と言って少女の顔を覗き込んだ。
 美しい金色の瞳はキラの姿を一瞬捉えたようだが、ふいっ、とすぐ興味なさげに逸らされてしまった。
 「この子、本当に戦えるの?」
 きっとお役に立ちますから、と言われて預かったはいいが、以前より幼児退行して見えるのは気のせいか。
 とにかく目の焦点が全く合っていないのが気になった。
 「大丈夫ですよ。僕たちがちゃんと見てますから」
 愛想笑いを浮かべて言ったのはサスケ・ダンヒルだ。
 「バルフォア議長のメンテナンスで心配なさることはないはずです」
 「そう」
 兄の言葉を補強するように言ったスズネ・ダンヒルに、キラはまあいいかと肩をすくめた。
 戦闘が開始すれば自分たちは敵を倒していくだけだ、それさえできるのであれば問題ない。
 『コンディションイエロー発令、コンディションイエロー発令。
 《ゴンドワナ》勢力を確認しました。射程距離到達まで約40分。射程距離到達15分前にコンディションレッドに移行します。
 MSパイロットは搭乗準備をして下さい。繰り返します…』
 艦内放送に、ほのか以外のパイロットの顔に緊張が走った。
 戦闘開始まで一時間を切ったのだ。
 「それじゃあ、皆気をつけて」
 キラはそれだけ言うと、奥にある《ストライクフリーダム》に向かう。
 整備士たちに丁寧に誘(いざな)われ、専用のエスカレーターに上がった。


 《ストライクフリーダムガンダム》。
 開発されてからすでに五年経ち、普通のMSで言えば旧式といわざるを得ないであろう。
 しかし当時のクライン派《ファクトリー》は連合・ザフト双方の技術を盗用し、突出していた技術開発力を有していた。
 さらに生まれながらの天才パイロットであり、なおかつ空間認識能力を持つキラ・ヤマトの力を最大限発揮できるよう設計されている。
 キラが操縦してこそ最強足りうる機体なのだ。
 細かな部品やブースターはそのつど改めていったため、新世代とのスペックの差もほとんど変化していない。
 ゆえに《ストライクフリーダム》とキラ・ヤマトは、未だ戦闘MSの頂点に君臨し続けていた。
 コクピットの中に入り込み、慣れた手つきで起動を開始する。
 誰にも邪魔されない。
 何者をも下におくことができる。
 全てを支配できる。
 優越感を感じることができる。
 …ここだけがキラの世界だった。



 C.E.79 5月6日 0950時。《ゴンドワナ》に停泊中の《ヒュペリオン》。

 「いきなり何言い出すんだ?」
 「ただちょっと知りたいな、って思っただけ」
 あからさまに呆れ顔を作ったジェットに、タクトは口を尖らす。
 《ディシジョン》は最終チェックを終え、あとは出撃を待つだけだ。
 モートン率いる《ゴンドワナ》討伐隊の規模を考えると確かにまだ時間に余裕はあるだろうが、
 かと言ってまったりしてていい時分ではないように思う。 
 「教えてよ。ほのかとジェットのいた、『白夜』と仲間のこと」
 つくづくイレギュラーな奴だなと思いつつ、ジェットは近くにあった道具箱の上に腰掛ける。
 どうせ嫌だといったところで、この餓鬼は追いすがって何が何でも聞き出そうとするだろう。
 「話す前に聞いていいか?どうしてそんなこと知りたがる?」
 「僕、知らないことばっかりだったから。何も知らないでMSに乗って、戦って、殺した」
 「知らない方がいいことだってある。辛いだけだぞ」
 「これから、僕はたくさん殺すんだ」
 「…」
 「だから、ちゃんと見なきゃって。他の人たちはちゃんと見てるのに」
 「それが『白夜』の連中を知ることとどう関係ある?」
 「だって、皆僕たちと同じ『人』なんでしょ?『テロリスト』って名前の、『敵』じゃないんでしょ」
 「そんなの、当たり前…」
 言いかけて、ジェットもはっとする。
 タクトが言わんとしていることが、ぼんやりとだが掴めてきたのだ。
 タクトはこれまでの戦闘で戦ったMSとそのパイロットの命を奪う経験がありながら、それに実感が持てないのだろう。
 ジェット個人の意見としてはそれでもいいのではないかという気がするが、タクトは良しとしない。
 いや、おそらくはジェット以外の《ゴンドワナ》のクルー全員がそうだ。
 これから戦う敵はつい先日まで同胞だった。
 タクトはプラントに来て間もないが、そのほとんどを敵の主勢力となるだろうヤマト隊の中で過ごしている。
 それを討つ覚悟とはどういうものなのだろうか。
 捨て駒にされたと知った時点でジェットはすぐにモートンたちを裏切ったが、
 イザークたちは命を狙われたにも関わらず未だバルフォアとモートンが支配するプラントの敵となることに苦しさを感じている。
 生まれてから研究所をたらい回しにされ、故郷や家族といったものに無縁だったジェットにはない感覚。
 これから「敵」となった「同胞に」臨む彼らには、それがあるのだろう。

 「《クラフト・アビス》を墜としたのは、お前だったな」
 突然の問いにタクトは青緑の瞳を見開く。
 《ガーディアン》で最後に臨んだ戦い…『白夜』殲滅戦でのことだ。
 「うん」
 「パイロットはティモシーという名前で歳は俺と同じくらいか、少し上だったかな。一緒に行動していたのはそれほど長くないが、陽気でおしゃべりな奴だった」
 「…」
 タクトの視線が宙を泳いでいる。
 ジェットが説明した「ティモシー」という青年の姿を《クラフト・アビス》と結び付けようとしているのだろう。
 「《クラフト・ガイア》にはアントニアという女パイロットが乗っていた」
 「女の人?」
 「美人だったぞ。しかもナチュラルなのにコーディネーターのティモシーやケインと同等に渡り合っていた。その代わり気が強くて、ティモシーが告白するたびにこっ酷くフッてたな」
 「へえ」
 タクトは曖昧な相槌しか打たないが、話の内容は刻み込むように聞き入っているようだ。
 ジェットはクルーのことを大体説明し終わったジェットは、『白夜』が結成された時のことも話して聞かせた。
 バルフォアやモートンは、一体何を目的にしてプラントに仇なすテロリストを演じさせたのか。
 当時のケインやほのかの様子も適当に織り交ぜる。
 ティモシーとアントニアはもういないが、生き残ったケインとほのかは敵方にいる可能性が大きい。
 話を進めながらもその事実に気づき、ジェットも皮肉を感じざるを得なかった。
 ある程度区切りがついたところで再びタクトの様子を伺う。
 「満足したか?」
 「するわけないじゃん」
 「…」
 「ただ、僕ってやっぱり人殺しになってたんだなぁ、って」
 「軍人なんてそういうもんだろ。殺せば殺すほど偉くなるんだ。五年前の英雄だったキラ・ヤマトやラクス・クラインだって同じさ」
 「うん。そう、だね。これが、戦争なんだ」
 人の命は軽い…そんな理不尽がまかり通るのが戦争。
 タクトはとりあえずそういった結論を下したようだ。
 戦争に答えなんてはっきりしたものがあるのか、ジェットには疑問だったけれど。
 「結局、モートン隊長たちはプラントをどうしたかったのかな」
 「プラントを自分たちの思い通りにしたかっただけじゃないの?」
 突然降ってきた別の声に、タクトとジェットは驚いて振り向く。
 声の主はミンシアだった。
 彼女だけでなくユーリとエディ、生き残った《オズ》パイロット三人が、緑のパイロットスーツ姿で立っている。
 ずっと自分たちの会話に聞き耳を立てていたようだ。
 「罪状を捏造してジュール隊長を誘拐したり、他の評議会議員を拘束したり。挙句の果てにディーゼル隊長はホントに殺しちゃうし。やりたい放題じゃない」
 やや私情が混じっていると言わざるをえないミンシアの言葉に、ジェットは軽く肩をすくめる。
 「それは以前の議長にも言えることだと思うけどな」
 「何?」
 「パトリック・ザラやギルバート・デュランダルは言うまでもないと思うが、ラクス・クラインもクーデターで政権を握ったようなものだ」
 「そんなこと…」
 ない、と言いかけようとしてミンシアは口をつぐむ。
 前議長だったデュランダルが《デスティニープラン》を強行しようとしたことにも理由があっただろうが、結果的にクライン派は武力をもって彼をねじ伏せた。
 部外者のジェットから見れば、ラクスとバルフォアのやり方は同じに映ってしまうのだろう。
 デュランダルは強引でこそあったが、常にプラントのことを一番に考えて行動していた。
 デスティニープランもいわばその一環だろう。
 元々調整されているコーディネーターが、ナチュラルに違和感を与えることなく優位に立つためのものだったと思えなくもない。
 しかしそれを行使するのに手段を選ばなかったためにクライン派が介入する口実を作ってしまい、ジュール隊を含める一部の部下の離反を招いてしまった。
 「ラクス・クラインはコーディネーターでありながら、コーディネーターの存在そのものを否定しているんだ。ナチュラルとの融和と言えば聞こえはいいが、最終的にコーディネーターは滅びるべきだと。バルフォアとモートンはそれが許せないのさ。それが正義に基づく愛国主義なのか、高慢なコーディネーター至上主義なのかは見る相手によって違うだろうが。…ともあれ、最初はクラインの思想に危機感を感じて何とかしようと思っていただけらしい」
 「なんだかさ、何のために戦ってるのか分かんなくなっちゃうね」
 「そうね」
 ジェットの言葉に、エディとミンシアが苦い顔をして呟いた。
 「コーディネーターは滅ぶべき」なんて言われたら、自分たちでも反発するだろう。
 そんなことを口にする人間がコーディネーターの頂点に立っていたのだから、バルフォアたちが焦ったのも分かる気がする。
 ラクスが婚姻統制を廃止した上、第三、四世代を対象とした人工受精の研究を強引に取りやめさせてメディアを賑わせたのは記憶に新しい。
 しかし、タクトはきょとんとした顔をしていた。
 「何のためって、プラントに帰るために戦うんでしょ?」
 「そ、そりゃそうだけど」
 「仮に勝ててプラントに戻れたとして、またクラインが議長になったらナチュラルとの融和政策を進めるんだろ?」
 「ラクス様が議長にならないようにすればいいじゃん」
 「そんな簡単に」
 能天気とも取れるタクトの発言にミンシアたちは呆れる。
 一軍人でしかない自分たちに、政治的発言権などあろうはずは…。
 「そうでもないだろう」
 意外にも、タクトを弁護したのはそれまで黙っていたユーリだった。
 「プラントは独裁政治国家じゃないはずだ。ラクス・クラインが大した功績もないのに五年も議長の座に居座っていたのはおかしい」
 最も、そんな前例があるからこそバルフォアも議長の椅子は楽に手に入ると思ったのだろうが。
 「第一、そのラクス・クラインの考えは何百年もかけてやるものだろう。コーディネーターという種を絶やすことには俺も反対だが、デスティニープランと比べたらそんなに過激じゃないと思うぞ」
 



 『システム・オールグリーン。《コンヴィクション》発進スタンバイ』
 「…」
 『《コンヴィクション》発進、どうぞ』
 金色の瞳がアイカメラの画面越しに、巨大な要塞を捉えた。
 ホノカ・ウーに与えられた命令は簡単だ。
 敵軍と認識した機体、及び艦の破壊。
 そして最終的には要塞を制圧。
 「…っ、…」
 乾いた唇が何かを刻んだが、それは音にはならなかった。
 ホノカ自身、自分が何を言おうとしたのか分からない。
 やがて《コンヴィクション》を含めた幾つかの機体が射程距離内に進入し…。

 戦闘開始を告げる、ビームと砲弾の嵐が訪れた。



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2010/01/01