PHASE-27「ブルーアッシュの戦い -白銀閃光と断罪乙女-」
C.E.79 5月6日 1047時。 戦闘開始。
「タクト・キサラギ、《ディシジョン》行きます!」
信号が切り替わり、《ディシジョン》が発進する。
「イザーク・ジュール、《シルバーボルト》出るぞ」
「ミンシア・アボット、《ゼロフォー》、行きます!」
続いて白銀の《シルバーボルト》と蒼の《ゼロフォー》も発進する。
《ヒュペリオン》はタクトの《ディシジョン》、イザークの《シルバーボルト》、ミンシアの《ゼロフォー》が先陣、ユーリの《ゼロツー》とエディの《ゼロファイブ》は艦の護衛、シンの《デプスチャージ》は待機という、どちらかといえば守りに近い体制となった。
「タクト、ミンシア、なるべくここで敵勢力を食い止めるんだ」
「はい!」
「了解」
プラントからさほど離れていない宇宙区域にデブリが点在している場所がある。
ガスの濃度が濃いため、普通の宇宙(そら)色よりやや霞み掛かって見えることからこう呼ばれていた。
『ブルーアッシュ』。
ピピッ。
敵機を示すシグナルに、タクトとイザーク、ミンシアは神経を尖らせる。
「前方にヤマト隊の《リゲル》が十数機。艦一《セラフィム》」
敵の先陣を勤めるのはやはりヤマト隊だった。
だが《ストライクフリーダム》の姿はまだ確認できない。
「随分と控えめだな。一気に数で来ると思ったが」
イザークも不思議そうだ。
だがタクトは《リゲル》に紛れるようにして前進してくる一つの黒い機体に気付いた。
「ほのか!」
「え?」
思わずタクトは機体名ではなく、乗っているだろうパイロットの名前を叫ぶ。
そのまま一気に黒い機体へと駆けた。
「ちょっ、いきなり命令無視かよ!?タクト、待て!」
「タクト!」
イザークは追いかけようとするが、《リゲル》からの攻撃はすでに始まっていた。
仕方なく装備していたバズーカでどんどんそれらを堕としていく。
ミンシアもそれに倣った。
向こうは対した抵抗も見せず、あっさりと弾の餌食になるか逃げ帰るかだ。
キラが日頃部下の鍛錬を放置してくれていたことを感謝しつつ、警戒は決して緩めない。
これならタクトにすぐ追いつけそうだが。
「ほのか…本当にいるのか?」
思わずそんな呟きが、イザークの口から零れ落ちていた。
「ほのか、ほのか!」
タクトは無線をオープンにしてほのかに呼びかける。
だが相手からの応答はなかった。
以前のように、外からの通信手段を一切遮断されているのだろうか。
と、黒い機体《コンヴィクション》の動きが止まる。
「う、わぁ!!」
胸部から《ツォーン》が放たれ、タクトは慌ててよけた。
「ほのか!」
やはり聞こえないのか?
やはり駄目なのか?
『あなた、だれ?』
突然通信機のマイクから零れ落ちたか細い声に、タクトは瞳を瞬く。
「え、まさか…ぁうえぇぇ!!?」
だが次の瞬間には腕のビームカッターの《スヴァラ》で襲い掛かってくる。
ぎりぎり頭部を掠めて背筋が寒くなった。
「ちょ、ほのか!き、こえてるんな…らっ」
そう訴える間にも《スヴァラ》の鋭い刃が《ディシジョン》を襲う。
よける一方の《ディシジョン》に対し、《コンヴィクション》の攻撃は容赦がなかった。
『だれ?』
「タクトだよ!タクト・キサラギ!!」
『タクト?』
《コンヴィクション》の動きが止まった。
…のは一瞬で、ガシャンッとレール砲の《クスフィアス》が展開する。
『あなた、知らない』
「おわーーっっ!」
発射されたビームをやはりぎりぎりでよける。
今のは少し頭にきた。
タクトは痺れを切らし、腹に力を入れる。
「ほのかぁ!!人が話しているときは、大人しくして聞けぇーー!!」
『…』
さすがにこれには驚いたらしく、《コンヴィクション》は素直に動きを止めた。
記憶は消されても、彼女の元の性格までは改変されていなかったらしい。
その事実に一応の安心をして、タクトは周囲を警戒しつつ改めて彼女に語りかけた。
「ほのか!本当に僕のこと忘れたの?」
『知らない』
「知らないんじゃない、忘れたんだろ!僕はほのかのことちゃんと覚えてる」
『…』
「その機体から降りて、一緒に《ヒュペリオン》に戻ろうよ!泣いてたじゃないか。本当は戦いたくないんだろ?」
『…』
「ジュール隊長もすぐそこにいる。大丈夫だから」
ホノカは無線から奇妙なことを話しかけてくる声に首を傾げた。
先程からこちらに語りかけてくるばかりで攻撃してこない。
一体何を言っているのだろう?
『ほのか、本当に僕のこと忘れたの?』
「知らない」
タクト・キサラギ…そんな名前に覚えはない。
『知らないじゃない、忘れたんだろ!僕はほのかのことちゃんと覚えてる』
忘れた、覚えてる、自分は過去に彼とあったということか。
過去?
自分に過去なんてあるのか?
『その機体から降りて、一緒に《ヒュペリオン》に戻ろうよ!泣いてたじゃないか。本当は戦いたくないんだろ?』
本当、とは何だろう?
『ジュール隊長もすぐそこにいる。大丈夫だから』
ホノカ・ウーに、本当なんて。
ビービービーッッ!
敵機を示す警告音に、ホノカはびくりと体を揺らした。
だがそれは《コンヴィクション》からのものではなく、無線を通して聞こえた《ディシジョン》のものだ。
ほぼ同時に、幾つものビームの筋が《コンヴィクション》を襲った。
『またお前かよ、タクト!!』
『ケ、ケイン!!』
現れたのは、《ジュピター》から発進した《エクスティンクション》だった。
鈍い赤の機体がプラズマビームキャノンの《アーセナル》を放ち、《ディシジョン》がビームシールドで防ぐ。
『また俺のホノカを攫っていく気か』
『攫うって人聞きの悪いこと言うな!』
『殺してやる、今度こそッッ。お前を殺せば!』
《エクスティンション》が背中にマウントされていたブラストキャノン《セイレーン》を展開する。
「げっ」という蛙が潰れたような声を出して、《ディシジョン》はこちらとは逆側に逃げた。
《エクスティンクション》もそれを追いかけていく。
《コンヴィクション》は置いていかれた格好になった。
「タクト、ケイン」
《ディシジョン》と《エクスティンクション》は戻ってくる気配がない。
ホノカは再び《コンヴィクション》を前進させた。
そこでようやくあることに気づく。
自分と一緒に《セラフィム》から前進してきた《リゲル》たちがいない。
「タクト、ケイン、ジュールたい、ちょう」
目の前に、白銀の機体。
「イザーク」
「ほのか、か」
タクトとほのかのやり取りは、《リゲル》の相手をしていたイザークの耳にも届いていた。
いや、あれだけやってくれれば聞くなという方が無理だが。
イザークの耳にも、あの消え入りそうな細い声は届いた。
「ほのか」
アプリリウスでのダンヒル兄妹の襲撃で引き離されて以来だ。
生きていてくれた。
その事実にまずイザークは脱力しそうなほどの安心感を感じた。
まだ生きていてくれる。
何とかできるかもしれない。
少なくとも今の時点では手遅れではない。
「ほのか!」
無線で呼びかければ、案外あっさりと向こうの通信機と繋がった。
やや乱れていたが画面も繋がり、青ざめた少女の顔が映し出される。
「ほのか、こっちに来い」
幸い周囲に敵機はいない…付けられていたのはあの《リゲル》たちだけだったようだ。
それもほぼ全滅し、残りはとりあえずミンシアに任せてきた。
イザークはなるべくゆっくりと《シルバーボルト》と前進させる。
《コンヴィクション》は微動だにしなかった。
画面に映る少女からも敵意は感じない。
「さあ」
《シルバーボルト》の腕を《コンヴィクション》の方へ差し伸べる。
その時。
「!」
凍りついたように動かなかった少女の顔つきが一瞬で変わった。
目じりがつり上がり、瞳孔がきゅうっ、と縮まるのをイザークは見た。
ドウッッッ!!
胸部が光ったと思った瞬間、《ツォーン》が火を噴いた。
《シルバーボルト》はぎりぎりでよけるが、距離が距離だった為に装甲表面の一部が熱でひしゃげる。
さらにバランスを崩した機体に、両手のビーム刃《スヴァラ》が追い討ちをかけた。
「やめろ、ほのか!」
「うるさい、あっちに行け!!死んじゃえっ」
「ほのか!?」
一撃目は何とかよけるが、この距離では自由に形状を変える《スヴァラ》に対応し切ることは不可能だった。
次に繰り出された二撃目をぎりぎりかわしたと思った瞬間、切っ先が長く伸びる。
「…しまっ」
シールドは間に合わない。
ゴガァァッッ!!
《シルバーボルト》が手にしていた専用バズーカが爆発した。
とっさに突き出したそれはビームの熱に上手く爆発を促され、二機の間を衝撃で埋める。
いまの《シルバーボルト》の装備では不利だった距離が多少改善された。
「くそっ」
すかさずリニアキャノンを放つ。
すると《コンヴィクション》の頭部からビームシールド《シルト》が展開された。
機体をすっぽりと覆うほど大きいそれは、攻撃を全て無効化してしまう。
イザークは思わず舌打ちしてしまった。
「接近戦に持ち込むしかないか」
機動性を重視した《シルバーボルト》の持つ火器はたかが知れている。
対多数を想定していたために今回の装備はバズーカだったのだが、それは裏目に出た。
《コンヴィクション》が開いた距離を再び詰めようと迫ってくる。
「いなくなれ、全部、全部っっ!」
「やめろ、ほのか!」
パイロットにはもはや《シルバーボルト》しか目に映っていないのか、目的地のはずの《ゴンドワナ》の起動から外れていた。
もう乱れた通信画面に相手は映らないため、どんな顔をしているのかは分からなかった。
ただ雑音交じりの通信機から、ヒステリックな少女の声が途切れ途切れに届いてくる。
「消えてよ…皆いらない…いなくなればいい、死んじゃえ!」
ほのかが通常の思考状態にないことは明白だった。
戦うしかないのか?
機体のみを破壊してパイロットを無傷で助け出す、という神業ができるとは思えなかった。
イザークは己の力をそこまで過信してはいない。
では…殺すのか?
ほのかを殺す?
あの小さくて儚い少女を?
殺せるのか、自分に?
「…《ヒュペリオン》、ルナマリア。《コッカトリス》をこれから示す座標に向けて射出してくれ」
《コッカトリス》は《シルバーボルト》専用の薙刀状対艦刀だ。
同じく両手を使うビームアックスより攻撃範囲が広く、片手で扱う《テンペスト》より威力が大きい。
使いこなすにはパイロットの力量はもちろん、ある程度の機動力を求められる。
「座標確認。《コッカトリス》、射出してください」
ルナマリアの発声と同時に折りたたまれた状態の《コッカトリス》が射出される。
主のない武器を撃ち落とそうという物好きな敵がいない限り、追尾信号で《シルバーボルト》の下にたどり着けるだろう。
射出を確認すると、艦長席のアランが上から声をかけてきた。
「ホーク、全体の状況はどうなっている?」
「未だ《ジュピター》の機影は確認できません。前方オレンジ、イエローにヤマト隊が展開。数150」
「《ストライクフリーダム》は?」
「こちらも確認できず。最初にキサラギ機、ジュール機と交戦した第一陣は引いたようです。第二陣は未だ確認できず」
「ジュール機はMSと交戦中。キサラギ機は…こちらも交戦中のようです。両者通信途絶えています」
「ミンシアは?」
「第一陣と交戦したポイントで待機。何かあったらすぐに連絡するよう伝えてあります」
「そうか」
アランは少しだけ考え込むような仕草をすると、オペレーターにその情報を《アトラス》と《ゴンドワナ》に入電するよう伝える。
「ホーク、どう思う?随分敵は消極的のようだが」
「多分、当初の予測どおり《ジュピター》を狙われるのを予期してるのではないでしょうか」
「だが、このままでは向こうの目的も果たせない」
モートンは《ゴンドワナ》を徹底的に叩き潰さなければ後がないと思っている。
ヤマト隊だけで何とかしようと考えるのは、楽観的過ぎだった。
優しい声がして。
手を伸ばされて。
その手を取りたい、そう思った。
そして同時に。
ぱんっ!
頭の中で、何かが弾けた。
《コンヴィクション》の《オプティマス》が激しく切り替わり、ホノカは意味も分からず咆哮する。
どうしてだか分からない。
ただ、脳が沸騰しそうだった。
「あっちに行け!死んじゃえ!」
もう誰にも服されたりはしない。
「いなくなれ、全部!」
もう誰にも殺されたりしない。
「皆いらないっっ!」
C.E.79 5月6日 1113時(戦闘開始から26分)。
《コンヴィクション》のビームライフルを《シルバーボルト》は持ち前の機動力でかわす。
パイロットは錯乱しているようで、その狙いは非常に正確だった。
「くそ、まだか!?」
接近戦用の武器《コッカトリス》はすでに射出されているが、《ヒュペリオン》からかなり離れてしまったため手元に到着するまでにはまだかかる。
今のところは下手に近づかず、なおかつ相手を見失わないよう距離を保ちながら回避に専念するしかなかった。
半狂乱のパイロットが当たらない的にいつまでも執着してくれるとは限らないのだ。
《コンヴィクション》ほどの機体をみすみす野放しにして、仲間の犠牲を増やすわけにはいかない。
黒い《コンヴィクション》がスピードを上げた。
一気に距離を詰められたと思えば、レール砲を撃ってくる。
下手によけようとすれば次の攻撃に対処しきれなくなると判断したイザークは、肩部分のシールドでそれを受け止めた。
ガガガガッッ!
「くっ!」
激しい衝撃に顔を歪める。
機動力を最大限に生かして一撃必殺を想定している分、《シルバーボルト》はとにかく打たれ弱い。
どうにかレール砲のビームをやり過ごし、唯一の装備火器であるリニアガンの砲身を敵に向けた。
だが相手はすでに次の攻撃に移っている。
ビーム刃特有の淡い粒子がカメラの端にちらついた。
「!!」
ブンッッ。
《スヴァラ》だ。
薄く平たい刃となったそれをぎりぎりでよける。
が、次の瞬間。
ふにゃり。
ビーム刃の輪郭が解け、出力口に収束したかと思うと…。
「何!!?」
《スヴァラ》は突然形を変え、十数本ほどの細い線となって走った。
それぞれがばらばらの方向を向いている。
よけるというレベルではない!
「畜生!」
ビームの軌道をとっさに読み、コクピットへの直撃を防ぐ。
だが右アームの一部と両足、そしてリニアガンの片方…と四本が命中してしまった。
ド、ゴォォウッッ!!!!
「ぐ、あ!」
攻撃を受けたリニアガンが爆発し、イザークはさらなる衝撃に息を詰める。
しかしそれをやり過ごす間も相手は与えてくれなかった。
《コンヴィクション》の《ツォーン》がこちらを狙っている。
『消えろ、消えろ!!』
「こ…のぉ!」
いちかばちか、だ。
イザークは《シルバーボルト》を今まさに《ツォーン》を放とうとしている敵機に急接近させた。
思いも寄らぬ行動に、相手が僅かにひるむ。
その一瞬の隙をイザークは見逃さなかった。
《ツォーン》が放たれる直前。
《シルバーボルト》はスリムな機体を器用に捻り、一瞬で相手の斜め前方に場所を移す。
そしてその勢いを殺さず、足を振り抜いた。
バキ!
ドドォ!!
《シルバーボルト》の回し蹴りが《コンヴィクション》の頭部に命中する。
ほぼ同時に《スヴァラ》のビームを受けていた《シルバーボルト》の右脚部分が、蹴りの衝撃に耐え切れず膝関節からもぎ取れた。
『うわぁあああ!!』
《ツォーン》は別の方向へと放たれ、頭部に強い衝撃を受けた《コンヴィクション》は完全にバランスを崩す。
さらに。
ビーッ!ビーッッ!
《オプティマス》の警告音に、ホノカはっと周囲を見渡した。
こちらに向かう斬撃が、やけにゆっくりと網膜に映る。
ザンッッ。
「!!」
おそらく右肩を狙ったそれは《コンヴィクション》が身を引いたことで僅かにずれ、右アームを半分だけ切り取る。
しかし攻撃はそれだけでは止まらなかった。
ドドォッッ!
衝撃を殺せぬまま半回転してしまった《コンヴィクション》から、今度は左のアームが弾けとんだ。
「な、んで?」
ホノカは機体の両手を失ったことより、《シルバーボルト》にこんな攻撃が可能になった理由の方が気になった。
あの機体に接近戦用の装備はなかったはず。
ようやく正常を取り戻しつつあるアイカメラに、《シルバーボルト》の白い装甲が映し出された。
そしてその手には巨大な何かが握られている。
「これは」
《シルバーボルト》専用の薙刀状対艦刀《コッカトリス》。
ホノカは知る由もないが、《シルバーボルト》が回し蹴りを決めたとほぼ同時に、《ヒュペリオン》から射出されていたそれは主の下に到着していたのだ。
「…なんでよ」
何で消えてくれない。
「なんで!」
何で放って置いてくれない?
「消えてって言ってるでしょ!!」
金切り声と同時に、《コンヴィクション》はレール砲を放った。
「ほのか、いい加減にしろ!」
「うるさい、早く死んでよ!!」
「くそっ」
めちゃくちゃに撃たれるビームを《シルバーボルト》は難なくよける。
そのまま攻撃に転じることもできたたが、イザークはここに来て踏ん切りがつかなかった。
ほのかを、あの小さくて憐れな少女を…殺すなんて。
今は危険な敵だとしても、自分たちのことを忘れているとしても、割り切ることができない。
「助けて!」
「!?」
思わぬ少女の叫びに、つい動きを止めてしまう。
《コンヴィクション》は辛うじて生きていたビームシールド発生装置から、《シルト》を展開した。
そして何を思ったか、そのまま突っ込んで来る。
「まずい!」
避けきれない。
我に返ったイザークは、ビーム刃を発生させたままの《コッカトリス》を手放した。
反瞬後、両機がぶつかり、もつれ合う。
「助けて、怖いの、…怖い、怖い、だから、早く」
「ほの…」
「消えて!!」
ホノカの金色の瞳は全てを映していた。
《オプティマス》に適合した彼女にとって、映える周囲の動きは全てスローだ。
けれど彼女はそれらに対応するだけの精神力も体力も残っておらず、両腕を失った《コンヴィクション》もそれは同様だった。
《コッカトリス》を手放した《シルバーボルト》は、脚部からコンバットナイフを取り出した。
素早くそれを両手で構え、頭上に振り上げる。
同時に。
ドガガガガガッッ!!!
《シルト》を展開したままの《コンヴィクション》が、体当たりしてきた。
白と黒の機体が火花を散らしてぶつかり、もつれる。
そして。
「消えろぉぉぉーーっ!!」
「ーーーーーーッッ!!!」
コンバットナイフの切っ先が、《コンヴィクション》の上胸部に吸い込まれた。
C.E.79 5月6日 1139時(戦闘開始から52分)。
「状況報告をしろ」
とある部屋の一室で、戦闘中の《ジュピター》ブリッジに通信を繋ぐ人物がいた。
『敵勢力とヤマト隊が交戦中です。我が隊は未だ動いておりません』
「《ゴンドワナ》は?」
『戦闘には未だ参加せず。ヤマト隊はジュール隊とディーゼル隊に食い止められているようです』
「ホノカ・ウーとケイン・アークライトは出撃したのか?」
『両機とも出撃を確認しております。ですが…』
成果はあげられず、か。
《ジュピター》艦長のてきぱきとした報告を、スチュアート・モートンは頭の中で整理していた。
戦闘開始からまだ一時間弱しか経っていないのに結果を求めるのは無理な話かもしれないが、《エクスティンクション》と《コンヴィクション》の性能とパイロットの能力を考えれば不可能というわけでもない。
あまりこちらが消極的では、敵が不信を抱くだろう。
「キラ・ヤマトの《フリーダム》を出撃させろ。私の名前を出しても構わん」
『了解しました』
「《フリーダム》の出撃を確認したら、我が隊にヤマト隊援護の指示を出せ。なるべく時間を稼げよ」
『はっ』
最後だけ歯切れの悪い返事をして、《ジュピター》の艦長は敬礼する。
モートンは威圧するようにすうっ、と目を細めると、緩慢な動作で通信を切った。
《ジュピター》の艦長は従順な男だ。
自分の下に長くついていただけあって指揮能力も高いし、何より口が上手い。
モートンが戦場にいなくてもいるように振る舞い、キラ・ヤマトも上手く操ってくれるだろう。
そう。
ブルーアッシュで戦闘が白熱しつつあるにも関わらず、その引き金を引いた当人はプラントに留まっていたのだ。
「準備はできているな?」
モニタに顔を向けたままの体勢で、彼は背後へと言葉を投げかける。
背中を向けたままのモートンの後ろに、武装した二十人ほどの男たちが立っていた。
バチチチチチチチッッッ!!!
ナイフを突き刺した場所から、激しい火花が散っていた。
推進剤にはまだ引火していない。
だが射されたのは《ツォーン》発射口の真上のため、爆発は時間の問題だろう。
どの道自分の死は確実だ。
ホノカは己の生の可能性をあっさりと手放した。
パッ、パッ…パッ。
コクピットのシステムが次々に死に、モニタが一つ、また一つと消えていく。
それに比例して、ホノカは白い機体と戦っていた時に感じていた興奮が鎮まっていくのを感じていた。
不思議だ。
一体自分は何を怖がっていたのだろう。
消し去った先に何を求めていたのだろう。
追い立てられるように戦っていた自分が馬鹿みたいだと思った。
そしてふと、戦っていた相手は逃げ切れるだろうかと心配になる。
どういうわけか自分の名前を知っていて、そして懸命に呼びかけてくれた。
一度くらい返事をしてあげればよかった。
そんなことを考えながら、辛うじて生きていたカメラで相手を見る。
そして…言葉を失った。
『おい!早くこっちに来い!!』
《コンヴィクション》は今にも爆発寸前であるのは誰の目にも明らかだ。
にもかかわらず。
「来るんだ、ほのか!」
白い機体のパイロットは、コクピットハッチを開けてこちらに身を乗り出していた。
「どうし、て」
密着したこの状態で《コンヴィクション》が爆発すれば、装甲の薄いあちらもただでは済まない。
その上生身のパイロットがコクピットから出るなんて自殺行為だ。
「早くしろ!死にたいのか!!?」
「…ぁ」
「ずっと《ヒュペリオン》にいたいと言っただろう?連れて行ってやるから、早くッッ!」
「ああ」
伸ばされた手。
必死に語りかける瞳。
―――泣いてたじゃないか…本当は戦いたくないんだろ?
―――ジュール隊長もすぐそこにいる。大丈夫だから。
―――ほのか、こっちに来い。
―――ほのか!
「タクト…イザーク?イザーク、助け…」
ィィィイイン。
最後まで残っていた《オプティマス》のモニタ。
それが、光を失った。
同時に。
ほのかは弾かれるように身を起こすと、ハッチの開閉ボタンを叩いた。
扉が開ききるのをまたず、隙間から飛び出す。
「イザーク!!」
《シルバーボルト》のコクピットから、その人が手を伸ばしてくれる。
ほのかは夢中でその手にしがみ付いた。
直後。
「ほのか!」
「!」
ほのかは背中に強い衝撃を感じ、息が詰まった。
イザークの顔をよく見たかったのに、暗くて何も分からなくなる。
背後で《コンヴィクションン》が爆発したと悟ったのは、意識が落ちてからだった。
C.E.79 5月6日 1136時(戦闘開始から49分)。
《コンヴィクション》に続いて出撃したダンヒル兄妹は戦闘には参加せず、
ゆっくりと前進しながら《ヒュペリオン》の正確な位置を確認していた。
《ゴンドワナ》への攻撃はケインとホノカに任せ、自分たちは以前取り逃がしてしまった艦の撃沈を画策していたのだ。
主力であるジュール隊の旗艦を落とせば、敵の戦意を削ぐこともできる。
だがいざ《ヒュペリオン》に向かおうとした矢先に問題が起きた。
「《コンヴィクション》のシグナルロスト?」
「あのできそこない!やられちまったのかよ!!」
ホノカ・ウーが搭乗していた《コンヴィクション》のシグナルが完全に消えていた。
交戦していたと思われる敵MSの反応もないようだが…相打ちか?
「ケインも何やってんだ?《ゴンドワナ》からは明後日の方向に行ってる」
「本当だ」
苛立つサスケの声にスズネもケインの《エクスティンクション》の信号を追う。
目的である《ゴンドワナ》とは逆…むしろ味方の本陣に近い方へと流れていた。
すぐ近くにある、おそらくはケインと戦闘しているMS。
「《ディシジョン》」
「どうする、スズネ?」
「目的、変える?」
「俺も同じこと考えてた」
スズネは《エクスティンクション》の追跡を諦め、モニタ画面を切り替える。
視線の先にあるのは蒼い戦艦ではなく、巨大な移動要塞だった。
C.E.79 5月6日 1142時(戦闘開始から55分)。
ホノカは覚醒したが、すぐに瞼を開けようとはしなかった。
意識がゆっくりと浮上し、四肢の感覚が明瞭かするのを待つ。
気分は、悪くなかった。
いつもの気だるさもほとんど感じない。
ただ背中が痛くて、軟膏のような独特の匂いが鼻をつくのが気になった。
「…タクト」
掠れた唇から言葉が漏れた。
同時に隣に気配を感じる…だれか、隣にいる。
「起きたのか、ほのか?」
少しぶっきらぼうな声音だった。
耳を澄ませば、周囲からくすくすと笑い声が聞こえる。
他にもたくさん人がいるようだ。
あの、部屋ではない。
ホノカを絶望させるしかしなかった、音の届かない密閉された部屋ではなかった。
では、どこだ?
ふいに視界が開いた。
「イザーク?」
「ああ」
一瞬、イザークのアイスブルーがこちらに向けられる。
だがそれは決まり悪そうにすぐ逸らされてしまった。
白いパイロットスーツをまとったままのイザークは、黒いオイルで顔を髪を汚してホノカの隣に座り込んでいる。
何故だか右手がホノカの頭の辺りを不自然にうろついていた。
その様子をずっと見守っていたらしい整備士たちがまた笑い声を立てれば、
イザークは「うるさいぞ、仕事に戻れ!」と目尻を吊り上げて追い払う。
ホノカは緩慢な動作で起き上がり、周囲を見渡した。
「おい、横になっていろ」
《セラフィム》ではない、けれど見覚えのある格納庫。
クルーの表情も、戦闘のためにどこか緊張していたが、神経質そうには見えない。
ここは、《ヒュペリオン》だ。
《ホノカ》は…いいや、《ほのか》はまだ夢見心地で、それでも呆然と呟いた。
「帰って、きた?」
「痛みはないか?爆発の衝撃からはぎりぎり間に合ったが、パイロットスーツが少し解けて火傷してる」
「生きて、戻ってきた」
「おい、ほのか?」
ぶつぶつと独り言を繰り返すほのかを、イザークが怪訝な顔をして覗き込む。
と、ほのかが勢いよくイザークに抱きついた。
「イザーク、ただいま!!」
「なっ、おいっっ!」
イザークは慌ててほのかを引き離そうとするが、
包帯が巻かれている小さな背中に下手に手を当てることも出来ず、おろおろと両手を彷徨わせる。
整備士たちの冷やかす声に、「黙れ、仕事しろ!」と、再び肩を怒らせた。
2010/01/16