PHASE-30「ブルーアッシュの戦い -蒼天疾駆と破邪蟷螂-」
《マンティスα(アルファ)》が引き連れていた五機の《リゲル》が目の前の青い《OZ 04(ゼロフォー)》を取り囲む。
形の上では彼の小隊ということになっているが、《リゲル》のパイロットたちは命令を待つ気はないようだった。
出撃前の「敵を殲滅せよ」の命令通り、「敵」と見なした相手に手当たり次第に攻撃を仕掛ける。
三機が一斉にライフルを発射した。
しかし《ゼロフォー》はそれらを難なくかわし、弧を描くようにしてうち一機との距離を詰める。
彼女が敬愛するシン・アスカがよくやる接近法だ。
こういった近づき方をされると間合いがとっさに測れず、混乱するパイロットが多い。
ガシュッッ。
《リゲル》のパイロットは何の反応もできず、《ゼロフォー》の腕のビーム刃に両断された。
それが爆散するのを見届けることなく、青い機体は次の敵に飛びつく。
『わぁぁぁっ!!!』
ガシュッ、ガッッ!
二機目も対した抵抗はできず、ビーム刃の餌食となった。
『な、なんだこいつ!』
『強いぞ』
《アルファ》の通信機から、残りの三機のパイロットたちの呻きとも悲鳴とも付かぬ声が聞こえてきた。
《ゼロフォー》がビームライフルを構えると、いくらかの距離があるにも関わらず逃げの体勢を取る。
ドウッ!ドウッ!!
『ひぃっ!』
『うわぁ』
ライフルが火を噴けば最初の威勢はどこへやら、蜘蛛の巣を散らすように撤退してしまった。
「…」
新たに与えられた機体の中、リーゼ・エッシェンバッハは仲間に加勢するでもなく少し離れたところから見守っていた。
《ゼロフォー》から目が離せなかったのだ。
相手と言葉を交わしたわけではない、その動きを見ていただけ。
にもかかわらず、あれに乗っているだろう少女の並々ならぬ怒りが迸り、機体という壁を突き抜けてくる気がした。
「ミン、シア」
「久しぶりね。随分なご身分になってるじゃない」
取り巻きを引き連れるなんて。
尖った声は、かつての同僚ミンシア・アボットのものだった。
「あんたは殺すわ!」
《ゼロフォー》は、構えたままのビームライフルを連射した。
それに対し、《アルファ》はビームシールド《ツェーンゲボート》を展開する。
ビームとビームがぶつかり合い、光の粒子が網膜に散った。
「殺す!殺す覚悟をしてきた!!」
「ミンシア、待って!」
「うるさい!」
ビームが利かないとなると、《ゼロフォー》はブーメランを手に取った。
これは《ツェーンゲボート》では防げない。
ガツッッ!!!
「…ッ」
リーゼは投げられたブーメランを、とっさに持っていたビームライフルで弾いた。
下手によけるよりは潰した方が良いと判断したためだったが、
弾くタイミングが悪かったのかライフルも手から離れてしまった。
「く、そ!」
リーゼはその場を離脱しようとする。
ミンシアと戦うという選択肢は浮かんでこなかった。
機体性能で言えば明らかにこちらに分がある、負けるはずがないという考えが根底にある。
リュカの時のようにミンシアを死なせたくなかった…そんな大事は抱えたくない。
だがミンシアは違う。
リーゼをこのまま逃がす気はなかった。
《アルファ》の逃げの姿勢を感じ取ると、バーニアを全開にして追いすがる。
「逃げるな!」
「やめろよ、お前と戦いたくなんてない」
「リュカを殺しておいて、何をっ」
「あ、あれは僕のせいじゃ…」
《ゼロフォー》がライフルの引き金を引く。
《アルファ》は仕方なく機体の方向を変え、ビームをよけた。
「このいくじなし!!」
「なっ?」
ミンシアの思わぬ罵倒の言葉に、リーゼは息を止める。
《ゼロフォー》はビームライフルでの攻撃を緩めなかった。
ビームの残量はお構い無しだ。
「あんたはいくじがないのよ!」
「…ッ」
「だからそんなに良い機体に乗ってても、怖くて正面から攻撃できないんだわ」
「違う!!」
《アルファ》はショットガン《カトブレパス》を取り出した。
「違うッ、な、何だよ!こっちが下手に出てれば!!」
《カトブレパス》の引き金を引く。
放たれた弾丸は高速で《ゼロフォー》に向かった。
ドガガッッ!
「ぐっ」
《ゼロフォー》はシールドで受け止めようとするが、勢いを殺しきれずに吹っ飛ばされる。
その様子を見たリーゼの口元は知らずに歪んでいた。
「ほら、弱いくせに。本当の僕の実力を、知らないんだ」
「リーゼぇ!!」
再び引き金を引く。
今度は躊躇はなかった。
弾は《ゼロフォー》の脚部に命中し、鈍い音と共にミンシアの悲鳴が上がる。
「…、このっ」
「ほら、本気を出した僕に勝てないじゃないか」
「何だと!?」
「ミンシアも…隊長だって、ジュール隊の皆がそうだ!僕のことを何もわかってなかったんだ!!」
C.E.79 5月6日 1208時(戦闘開始から81分)。
ミンシアは《マンティス》を前にした時のために、何度もシュミレーションを重ねていた。
《ヒュペリオン》がプラントを脱出する際の交戦記録と映像を元に相手の装備を調べ込んでいる。
その中で最も特徴的であり、三機の《マンティス》全てに装備されていたのがビームシールド《ツェーンゲボート》だった。
ビームシールドは実体のない盾として前大戦から使われ始めており、それ自体は珍しいものではない。
ビームでの攻撃を万能的に弾く性能が評価されているが、実弾は防げないために通常のシールドと併用されることが多い。
しかしMSは総合的に機体の機動性を図る傾向にあり、
さらにフェイズシフト装甲、トランスフェイズ装甲が広く普及したことで実弾の装備・使用は大幅に減った。
リーゼが駆る《マンティスα(アルファ)》にもビームシードしか装備されていない。
はっきりと確かめることはできなかったが、おそらくトランスフェイズ装甲だろう。
《ゼロフォー》は被弾してなお、ビームライフルでの攻撃を緩めない。
《アルファ》との距離を調整しながら、ライフルを撃ちまくっていた。
「そんな攻撃、当たるわけないだろ!」
「はっ!」
《アルファ》はそれをシールド《ツェーンゲボート》で受け止める。
それでもミンシアは攻撃方法を変えなかった。
そのうちリーゼは、高エネルギーのシールドを展開していることでゲージの減りが早いことが気に掛かり出す。
―――こっちの消耗を狙っているのか?いや、それならあっちだって。
戦い始めてからまだエネルギーパックを補充した形跡もないから、ミンシアの方のライフルもエネルギーが切れる頃だ。
それに《ゼロフォー》は攻撃の合間にあちこちに移動していた。
おそらくリーゼを混乱させて防御の穴を狙おうとしているのだろうが、これも消耗の拍車に繋がっているはずだ。
リーゼは冷静に相手のライフルのエネルギーが切れるのを待った。
―――来た!
雨のように降っていたライフルの砲撃が嘘のように途切れる。
引き金に掛かった指は動いているまま…空撃ちだ。
それを確認したリーゼは《カトブレパス》のショットガンとランサーの部分を素早く切り離す。
ランサーを振り上げ、《ゼロフォー》へと狙いを定めた。
「もらったぁ!」
ガガガガガッッッ!!!!
「!!?」
突然機体に衝撃が走り、リーゼは息を詰めた。
衝撃の直前に、《ゼロフォー》の両肩のミサイルポッドが発射されたのが見えた、が。
被弾した?
そんな馬鹿な!
アイカメラが乱れノイズが走る。
かと思えば、目の前に《ゼロフォー》の姿があった。
すでにライフルを捨ててビームソードを両手に構えている。
「だからあんたは…」
「なっ!?」
「甘ちゃんなのよ!!」
ザンッッ。
思わず構えてしまった左アームが、《ゼロフォー》のビームサーベルに切り離された。
《ツェーンゲボート》が装備されている方だ…もうビームシールドは使えない。
さらにミンシアはコクピットを狙うが、リーゼは《アルファ》の体を捻りながら移動し、何とか逃げ切った。
「くそ!」
「ミンシア、何を!?」
先程の衝撃は実弾によるものだということは、リーゼにも分かった。
《ゼロフォー》にはミサイルポッドが積んであるのは知っていたが、
《アルファ》の装甲ならば多少の衝撃はあっても受け止めきれるはずである。
―――弾に何か、仕込んでいた?
MSに装備する実弾は衰退する一方で、戦艦やMAが積むミサイルの研究が連合側を中心に進んでいるという話は聞いたことがある。
いや、だとしても弾の威力と発射出力を強化しただけではここまでのダメージは受けない。
―――距離、だ。
ビームライフルで攻撃していた時、ミンシアはむやみやたらと《ゼロフォー》の位置を変えていたように見えた。
リーゼは相手が攻撃してくる時の角度にしか注意を払っていなかったが、
思い返してみればミサイル攻撃の時の《ゼロフォー》の位置はかなりこちらに接近していた。
最初から、この攻撃を狙っていたのだ。
あらかじめミサイルポッドを改良し、囮となるビームライフルのエネルギーにはストッパーをかけていたのだろう。
位置を変えるごとに距離を縮めるという芸当も思いつきでできるものではない…あらかじめシュミレーションをしていたはずだ。
「これまでの準備をあらかじめしてから、僕だけを狙って?」
だとしたら、ものすごい執念だ。
リーゼは、背筋にぞっとしたものが走るのを感じた。
初めて会った時、彼女はいきなり上から目線で話しかけてきた。
「あんた赤?たいしたもんねー」
「なんだよ、お前」
「さっき自己紹介したでしょ、ミンシア・アボットよ」
「忘れた」
「可愛くないわね」
ミンシアは眉をひそめ、腰に手を当てる。
目がくりっとしていて、はつらつとした魅力のある少女だった。
「女が何で軍にいるんだよ」
可愛いなと思う心とは裏腹に、口から付いて出たのは悪態だった。
ミンシアの眉間の皺がさらに深くなる。
「そういう台詞は、あたしより上だって証明してからにしてくれる?」
「はあ?緑が赤に勝てるわけないだろ」
「去年と今年のレベルは違うわよ。それとも負けるのが怖いの、ボクチャン?」
「何だとぉ!!?」
シュミレーションでの一対一の勝負はいつも僅差でリーゼが勝った。
ミンシアはその度に地団駄を踏んで悔しがったが、それを訓練以外の場所で引っ張ることはなかった。
さばさばした性格なのだ。
つい憎まれ口を叩いて相手との距離を造ってしまう悪い癖のあるリーゼにとっては、今から思えばありがたい同僚だった。
C.E.79 5月6日 1215時(戦闘開始から88分)。
「許さないわ!」
「ミンシア!!」
ミンシアの《ゼロフォー》は、リーゼの《アルファ》にビームサーベルを向ける。
先程の被弾をまともに受けた上に隻腕となってしまった《アルファ》は防戦一方だ。
「あんたはっっ」
「くっ」
「仲間を裏切って、殺した!」
「違うっっ」
「リュカを殺したのよ!」
「そ、そんなつもりじゃなかっ…」
「黙れッッ!」
ジャッッ。
ビームサーベルをよけたと思ったら、《ゼロフォー》の腕からビームカッターが飛び出す。
隙を付かれ、頭部の半分近くが切り取られた。
「こ、このっ!」
リーゼの目の前が真っ赤に染まる。
嫌だ。
どうして自分だけがこんな目に?
もう嫌だ。
何もかも、どうでもいい。
こいつさえいなければ…。
皆いなくなれば。
憎い。
こいつが憎い!!
「うおおおおぉぉぉ!!!」
「!!」
急に《アルファ》の動きが変わった。
リーゼは《カトブレパス》のランサーを逆手に握り直し、機体を斜めに捻る。
そのまま反動を利用して、弧を描くように振り上げた。
「っ!」
ミンシアもとっさにカッターを頭上へと振り上げるが、《アルファ》の動きの方が明らかに早かった。
ゴガッッ!
「きゃあああっっ!」
ランサーの切っ先が、《ゼロフォー》の左に装備されていたミサイルポッド、さらに装甲から内部へと深々と突き刺さる。
《ゼロフォー》は刺された反動できりもみ落ちながら、突き刺された場所からいくつかの小爆発を起こした。
「う、うぅ」
ミンシアは何とか機体を立て直すが、動くのがやっとの状態になってしまっただろうことが確認しなくても分かった。
ミサイルポッドがなければコクピットまで到達していたかもしれない突撃だ。
カメラを確認すれば、《アルファ》がこちらにショットガンの銃口を向けていた。
それを見た瞬間、体から力が抜けてしまった。
―――あたし、負けたんだ。
最後までリーゼに勝てなかった。
リュカの仇を討てなかった。
あんなに綿密に作戦を練って、シュミレーションを何度もしたのに・。
悔しかったが、心のどこかで安堵してもいた。
リーゼを憎んで…あれだけ憎んで…。
でも、死ぬのが自分の方だと分かると悪い気がしないのが不思議だった。
もしかしたら、憎しみなど初めからなかったのかもしれない。
こころは真っ白だった。
C.E.79 5月6日 1227時(戦闘開始から100分)。移動要塞《ゴンドワナ》司令室。
戦闘開始から一時間半が経った。
コウイチ・アボットの元には戦況報告が重ねられている。
「《ヒュペリオン》からの報告です」
最前線にいた戦艦の名に、コウイチを始め司令室全員の意識が集中した。
「艦は無事なんだな?」
「はい。補給のため、後退しつつありますが」
「それで?」
「コードネーム《マンティス》二機、《コンヴィクション》、そして…《ストライクフリーダム》の撃破を確認」
途端にあちこちからため息が漏れる。
「伝説の《ストライクフリーダム》が堕ちた!?」
「おいおい、本当か?すごいな」
「もしかしたら、勝てるんじゃ…」
コウイチも明らかに安堵していた。
《ストライクフリーダム》が堕ちた堕ちないでは状況に天と地ほどの差がある。
歓声まで上がる中、報告を持って来た兵士の顔はぎこちなかった。
困ったような顔でコウイチの顔と報告の紙面とに視線を泳がせている。
「…あの」
「まだ何かあるのか?」
嫌な予感がした。
「《ディシジョン》タクト・キサラギと《OZ-04(ゼロフォー)》…ミンシア・アボットが未帰艦」
司令室が嘘のように静まり返った。
「《ゼロフォー》に関しては、その、シグナル・ロストを確認…MIAと認定するのが、妥当とのことです」
「…」
「い、以上…です」
「…分かった」
コウイチは乾いた声で、ようやくそれだけ搾り出していた。
2010/01/16