PHASE-31「悪夢の終わり -判決闘神と抹消鬼神-」
C.E.79 5月6日 1107時(戦闘開始から20分)。
コクピットの中で、タクトは荒い息をしていた。
「はあ…はあ…っ」
バイザーを解除すれば、球となった汗がぱらぱらと零れて無重力を舞う。
パッ!パッ!…ジジジッ
《オプティマス》の画面はタクトの脳波に呼応して、0と1の画面に切り替わっていた。
「あいつ、《コンヴィクション》、ケインは何処だ?」
ジジジジ。
再び画面が切り替わり、敵との距離を表すレーダーになる。
同時に現在の《ディシジョン》の状態を示す画像も現れた。
「マーク66、オレンジ…、!!!」
「見つけたぁ!!」
ハスキーな声が鼓膜を突き抜け、タクトは吐き気がした。
急接近した《エクスティンクション》が斧状の《スティンガー》を振り上げる。
「あーーー、もうっっ!うるっさいよ!!」
《ディシジョン》は日本刀型の《アズラドラゴン》を横に凪いで牽制した。
両機は微妙な距離を保ったまま、周囲のMSや艦をそっちのけで高スピードの移動を繰り返す。
「やられろよ、クソガキ!そんでホノカ返せ!!」
「ーーー!!」
阿呆か!と言い返したかったが、タクトに無駄口を叩く余裕はすぐになくなった。
遠距離型の《エクスティンクション》に距離を許したら終わりだ。
かといって、ナチュラルの自分がケインの動きに対応し切るにはある程度の間合いがないといけない。
その間合いの調整は《ディシジョン》のメインである《オプティマス》にやらせているが、こんな状態はそうそう持ちそうにない。
かといって助けは呼べない…そもそも今現在、自分は母艦からどれだけ離れているのやら。
「ひゃはははっーーー!」
「ッッ、るっさい!!」
絶好調のケインの声に激しい嫌悪を覚えながら、タクトはこの状況を打破する方法を必死に模索していた。
なかなか決まらない攻撃に、ケインも次第にいらいらしてきた。
間違いなくここだと見定めて繰り出す一撃が、どれもかわされてしまうのだ。
いや、三発中一発は当たっている。
当たっているのだが、必殺の一撃になってくれない。
「…っ、だあああぁぁーーーーーっっ!」
意味不明の雄たけびを上げて怒りを紛らわそうとするが、少しも気分は晴れなかった。
「むかつくんだよ!」
ケインは目を血走らせ、《エクスティンクション》を《ディシジョン》へ特攻させる。
《ディシジョン》は手にしていた刀を素早く突き出したが、ケインは構わず機体を前進させた。
ギギギギギギィィ…ジジジッッ!!!!
刀は《エクスティンクション》の左肩の上を滑り、フレームが砕ける音と次いで精密部がビームに焼かれる音がする。
それでも《エクスティンクション》は止まらない。
そしてそのまま右手を《ディシジョン》の頭部へと伸ばした。
「ひっ!!」
タクトは思わず身を強張らせた。
《エクスティンクション》の長くて鉤爪のようになっている手のひらを見た瞬間、恐怖にすくんでしまう。
あの手のひらに装備されているのは超熱波発生装置《シャンクス》だ。
あれに捕まれてしまったら終わりだ。
「くう!」
対《エクスティンクション》のシュミレーションは何度もしていたにも関わらず、
軽いパニックに陥った頭はとっさに移るべき行動に移ることができなかった。
ぱしっ。
その時、タクトの視界の外でモニタの文字が切り替わった。
体の中を何かが通り抜ける感触がして。
気が付けば、タクトは「ZONE」の中にいた。
本来なら瞬きするほどの時間がゆったりと流れ、
突き出された《シャンクス》が《ディシジョン》の頭部を捉えようとする様がありありと分かる。
―――どうすれば回避できる?
時間が凝っているのはタクトの感覚の中だけで、《ディシジョン》の回避率が高まるわけではない。
この距離で後退するには距離が近すぎる…バーニアのラグを考えると後退に移る前に捕まえられてしまう。
―――どうすれば、どうすれば、どうすれば!!?
《オプティマス》の力を借りても、ナチュラルである自分はこの程度なのか。
目の前の、発狂寸前のコーディネーターに勝つ術はないのか?
自分自身のふがいなさに絶望しかけたその時。
先程の攻撃から宙に浮いたままだった《ディシジョン》の左腕が、タクトの目に留まった。
どごぉぉおおおぉぉおんっっ!
「!!?」
手のひらの前で放出された熱と、それに連動する爆発音にケインは目を剥いた。
「不発、か?」
確かに《シャンクス》は発動したが、手ごたえがなかった。
こんな爆発も初めてだ。
右腕を引っ込めるが、それは白い煙を大量に吐き出していた。
また仕留め損ねた…苛立ちばかりが募る。
「くそッ、何をやりやがったぁ!!?」
《シャンクス》が吐き出す煙で視界が狭まり、一瞬《ディシジョン》の姿を見失う。
ケインはすぐさまレーダーを確認した。
「位置は…動いて、いない!」
ドドドドッッ!!!
煙を突き抜けて、幾つもの銃弾が飛び込んでくる。
「実弾!」
《ディシジョン》の右手首に装備されている実弾ミサイル《ガルーダ》だ。
ケインは大きく旋回しつつ背中の《アーセナル》を展開し、それらを撃墜した。
そこでようやく己の右肩に敵の接近使用武器である《アズラドラゴン》が突き刺さったままだということに気付く。
今の煙幕を利用して接近戦に持ち込まなかったのは、これが手元になかったからだ。
大きく移動して、ようやく《ディシジョン》の姿がはっきりしてきた。
次の行動に移られる前に。
「今度こそぉ!!」
《エクスティンクション》のバーニアを全開にして、《ディシジョン》に急接近する。
相手もこちらに気付いて、腰部の《アーセナル》を展開した。
その様子にケインは笑みを作る。
「そんなちゃちいもんで…」
ガシャンッ。
ハイスピードで移動しながら、背中に装備されていたブラストキャノンが両肩へとマウントされて起動状態になる。
「この《セイレーン》が止められるかぁぁあ!!???」
《ディシジョン》のプラズマビームキャノン《アーセナル》が一足早く火を噴き、《エクスティンクション》へと向かう。
しかしそれはビームシールド《ツェーンゲボート・ドライ》によって阻まれた。
そしてケインはシールドを展開したまま《ディシジョン》の頭上から落下する形で平行に接近した。
二機の位置が、上下逆さに擦れ違う…その瞬間。
「消し飛べ!!!」
箱庭の中にはとてもたくさんのものが詰まっていた。
綺麗なものばかりだと信じていた。
そこには幸せがあるのだと思っていた。
けれども、入り込んだタクトが見たものは…たくさんの矛盾。
悲しみを感じた。
憎しみに取り込まれた。
憤りを体験した。
戦い、痛み、涙。
優れた種と思われたコーディネーター同志ですら、互いを忌み争うことを止めなかった。
戦いとは、人間の本能であるのかもしれない。
だから。
―――いま、僕は。
《ガンダム》に乗っているのだろうか。
ゆらゆらと意識が揺れている。
滲んだ視界に緑に発光する無数の数字が流れていくのが分かった。
「《オプティマス》」
タクトがかさかさに乾いた唇で呼ぶと、一瞬数字がぴしりと並んで返事をしたように見えた。
まだ、生きている。
タクトは自覚すると、顔に力を入れて瞼をこじ開けた。
それでも視界の狭さは変わらず、それがヘルメットのせいだと気付く。
次にタクトは、慎重に体に力を入れた。
右手、左手、両腕…脚にもまだ感覚はある。
動きを確かめながら両手を後ろに回し、ヘルメットを外した。
一気に視界が開け、決して明るいとは言えないコクピットの電子光が網膜を差す。
ヘルメットはバイザーに大きなひびが入り、額から流れた血が所々にこびりついていた。
「は、酷いザマだな」
自嘲気味に口の端を吊り上げる。
前回負傷した時と同じく、額の傷は出血のわりに痛みが少なかった。
二箇所出血しているが、そのうちのひとつは前の古傷が開いたもののようだ。
血さえ止まればすぐに治療を必要とするものではないだろう。
簡単に傷の状況を処理し、次に周囲に気を巡らせる。
モニタは無数の数字で埋め尽くされていた。
それが四方に設置された暗いカメラ画面に反射し、コクピット全体を照らしている。
コクピットは球状になっていたため、さながら緑の光はタクトを守る繭のようだった。
ピピピッ。
呆けているタクトを咎めるように、《オプティマス》が短い電子音を鳴らした。
「分かってるよ」
タクトは唇を尖らせると、モニタを覗き込む。
すると数字は一瞬にして掻き消え、《ディシジョン》の現在の状態を表す図に切り替わった。
「ふう」
思った通りの状態に、タクトは思わず深い息を吐き出す。
《ディシジョン》の左腕は肘の部分から千切れていた。
他ならぬタクトがしたことだ。
《エクスティンクション》の《シャンクス》が頭部を掴む寸前に左アームを突き出し、同時に状態を捻りながら引き抜いた。
《シャンクス》の鉤爪は一度捉えたものをそう簡単に放さない、まさに獲物に食いついた肉食獣の牙のような造りをしている。
それを逆手に取り、タクトは左アームを犠牲にして全体を守ったのだ。
問題は、その次の《セイレーン》の攻撃の影響だった。
とっさに《ツェーンゲボート》を張って直撃は阻止したが、さすがに《エクスティンクション》最大の攻撃力を誇るブラストキャノンだけなある。
《ツェーンゲボート》を発生させる装置は右手の甲を巻き込んでショートし、黒く炭化していた。
バリアの表面で発生した電磁波を処理し切れなかったのだろう。
《ディシジョン》全体にダメージを及ぼした衝撃もそれが原因だったようだ。
機体のすぐ脇に、カスタムの《アズラドラゴン》が突き刺さっている。
刃の部分だけだ・・・柄と刃を繋ぐ部分からぼきりと折れてしまっていた。
ようやくタクトは己の機体が置かれている場所を把握する。
巨大なデブリの上だ。
戦場が遠くに見える。
周囲に《エクスティンクション》の姿はなかった。
止めを刺す必要もないと判断したのか。
あるいは、爆発の影響で《ディシジョン》を見失ったか。
おそらくは後者だろう。
さて。
これからどうするか。
「満身創痍、武器は、あるけど。でも腕は使えない」
―――どうする?
「諦める?」
―――できるのか?
モニタがぱかぱかと点滅している。
タクトは知らずに笑んでいた。
「《お前》は…戦いたいの?」
点滅が止む。
「殺したいの?」
沈黙。
「あいつ《エクスティンクション》が憎いの?」
タクトは他ならぬ《オプティマス》に語りかけていた。
これはシステムだ、意思あるものではない。
よく分かっている。
では、何故?
「僕は戦いたいの?」
「僕は殺したいの?」
「僕は…あいつが憎いの?」
知りたいのは自分の心。
戦いを始めるのは、あくまで人でしかない。
《オプティマス》はタクトのSEED因子に反応して起動したシステムだ。
感情にも敏感に反応する。
反応するだけだ。
再び戦場に身を投じるかどうか。
それを決めるのは。
「僕だ」
C.E.79 5月6日 1239時(戦闘開始から112分)。
戦艦《ヒュペリオン》には次々に怪我人が担ぎこまれていた。
ジュール隊所属のパイロットは生死不明のミンシア・アボットとタクト・キサラギを除いた全員が帰還している。
さらにディーゼル隊のパイロットや《ゴンドワナ》から出撃した義勇兵も、自力で母艦に戻れない友軍は可能な限り収容していた。
人はともかくMSは収容しきれないため、片っ端から艦の外に放り投げている。
怪我をした兵たちの治療は《ヒュペリオン》のスタッフだけでは間に合わず、整備士や他の一般兵、動ける客兵も手伝っている状態だ。
その先頭に立っているのが『白夜』に所属していた元テロリストのジェットだった。
「包帯が足りないぞ。探してきてくれ」
「新しい水は何処にあるんですか?」
「整備主任からもらってこい。無駄遣いはするなよ!?」
「おい、こっち!すごい出血だ!」
「とりあえず布か何かで押さえろ!!手の空いているスタッフを呼んで来い」
普段はMSと整備士が行きかうドッグに人が横になっている。
軽いショックを起こしているだけの者もいれば、爆発の時の火傷で皮膚の大半が爛れて事切れる寸前の者もいる。
地獄絵図とまで行かないが、慣れていない者にはかなり刺激の強い光景だ。
その中をジェットは的確な指示を周りに与えながら走り回っていた。
裏切者、という烙印を消せるとは思っていないが、ここで恩を売っておけばその後の身の振り方が多少明るくなる。
と、己に納得させてはいるものの、彼としては単に無心になりたかっただけだ。
脳裏にはここ数日、ある少年の面影が占拠している。
それを何とか振り払いたかった。
―――教えてよ。ほのかとジェットのいた、『白夜』と仲間のこと。
―――僕、知らないことばっかりだったから。
―――だって、皆僕たちと同じ『人』なんでしょ?『テロリスト』って名前の、『敵』じゃないんでしょ。
―――プラントに帰るために戦うんでしょ?
「…ちくしょう」
思わず悪態が漏れてしまい、すぐ隣にいた看護士がびっくりした顔で振り返る。
ジェットは手を振りながら「あんたのことじゃない」と返した。
そう、ずっとタクト・キサラギのことが気に掛かっている。
彼とミンシア・アボットだけが、出撃した切り何の応答もよこしていないらしい。
死んだのではないか?
だとしてジェットが気にかける問題ではない。
そう思っていたのだが。
「戻って来い、タクト・キサラギ」
風変わりな子供だからか。
あるいは、己と同じナチュラルだからか。
ただ、タクトが死んだらと思うと体がざわざわして。
凄く不快だった。
ビー!ビー!ビーー!!!
「!!?」
不測の事態を知らせる警報が鳴ったのはその時だった。
同時に艦が大きく揺れ、悲鳴が上がる。
ジェットは体勢を立て直すとすぐに整備主任の所へ駆け込んだ。
彼のところには《ヒュペリオン》の外部を映すカメラのチャンネルが全て繋がっているからだ。
すでに何人か固まっていた他のクルーたちを押しのけ、ジェットもカメラを覗き込んだ。
「これは!!?」
真上のカメラに映し出されたのは深緑の機体《エクスティンクション》。
「ケイン、なのか?」
口から出たのは疑問系だったが、ジェットは中にいるのがかつての戦友だということを確信していた。
どういうわけか、己には昔からそういったことが「分かって」しまう。
超能力めいたジェットの第六感は、《エクスティンクション》のコクピットにいるケインがこの艦を落とそうとしていること、
中にジェットはもちろんほのかが乗っていることは思いもしないこと、その感情は狂喜に震えていることを読み取っていた。
甲高い笑い声まで聞こえてくるような気がして吐き気までしてくる。
「ケインッッ」
一方の《ヒュペリオン》ブリッジ。
溢れる怪我人を《ゴンドワナ》に収容しようと後退し、一時休戦モードだったクルーたちは突然の攻撃に仰天した。
「どうして《エクスティンクション》が!!?」
「攻撃、きます!!!」
「回避!」
どどどぉぉ…んっっ!!
一度目は遠距離からの射撃だったために避けることができたたが、さらに間隔を詰められての攻撃はどうにもならない。
操舵手が舵を思い切りきったものの、《エクスティンクション》の《アーセナル》からの攻撃は範囲が広すぎた。
幾つかが直撃し、衝撃が襲う。
だがそれに呻いている間もない。
「第三射、きます!」
「気合でよけて!」
「無理ですよっっ」
ルナマリアの要求に操舵手が悲鳴を上げる。
高速艦とはいえ、許容範囲を超えていた。
目の前に、《アーセナル》の砲弾が迫る…!
どどどどどっっ!!!
「!?」
しかし衝撃こそ来たものの、思いのほか緩やかなそれにブリッジクルーたちは目を剥く。
砲弾のほとんどが途中で撃ち落されていた。
「《アトラス》か!」
「トライン艦長」
同じく後退に転じていた《アトラス》が、援護に駆けつけてくれたのだった。
通信カメラにアーサー・トラインの姿が映し出される。
『援護します、《ヒュペリオン》』
「ありがたい」
ディーゼル隊のMSも数機、援護射撃をしてくれている。
絶望的だった空気が一気に明るくなった。
「こっちも後退しつつ反撃するぞ」
「《タンホイザー》標準!」
《ヒュペリオン》の《タンホイザー》がこちらに向けられて火を噴く。
「…は!」
ケインは薄ら笑いを浮かべながら機体を大きく旋回させる。
すぐ近くを粒子砲が通り抜けた。
「次っ」
《ヒュペリオン》の攻撃から僅かな差を置いて今度は《アトラス》の《タンホイザー》が発射される。
艦隊での戦闘では基本的な攻撃だ。
両艦の発射のタイミングは絶妙だったが、《エクスティンクション》の性能とケイン自身の能力がそれを上回った。
「ははははははははあっ!!!」
上手く敵の攻撃をかわし切ったことでケインの気分は格段に良くなる。
中の連中は、いつ自分たちの乗る艦が攻撃されるかと冷や冷やしていることだろう。
そう考えて、ケインの頭に悪戯めいたものが浮かんだ。
怪我人が集められている《ヒュペリオン》のドッグでは、悲鳴と呻きがひっきりなしに続いていた。
もう10分近く艦が不安定に揺れ続け、時折どこか爆発したような音もする。
冷静を呼びかけるクルーたちが辛うじて押さえ込んでいるとはいえ、中にいる者の不安と恐怖はすでにピークを達していた。
いつ爆発してパニックに陥るか分からない。
そんなドッグを離れ、ジェットは立ち入りが禁じられているブリッジへと向かっていた。
―――ケインの奴、遊んでやがる!
あの男の狂喜じみた笑い声が脳に直接響いてくる。
その精神はとうの昔に理性を置き忘れていた。
今はまだ《ヒュペリオン》を弄んでいるが、いつ気まぐれを起こして滅殺にかかるか分からない。
「おい、お前!」
神経にがんがん響く騒音に顔をしかめながら廊下を進んでいると、突然肩を強くつかまれた。
振り返って思わずあっ、と声を上げる。
「あんた、イザーク・ジュール」
髪こそ乱れて汗の浮いた肌に張り付かせていたが、きっちりと白い軍服に身を包んでいるのはこの隊の隊長だ。
ほのかと共に医務室にいたはずだが、彼女を置いて出てきたらしい。
「ブリッジに行くつもりか?」
「あ、ああ。駄目か?」
てっきり反対されるかと思ったが、イザークはジェットの歩みを遮ることはせずに並んで足を進めた。
「お前も何か分かるのか?」
「え?」
「特別な能力か何かがあるんだろう…違うか?」
「…」
ジェットは思わず立ち止まった。
今までこの感覚のことを誰かに打ち明けたことはない。
それがどうして初対面同然の、しかもザフトの将校に感づかれているのだろう。
ジェットの反応から、イザークは自分の疑いに間違いはなかったことを確信したらしい。
こちらの腕を鷲掴むと、思いのほか大きな力で引っ張ってきた。
「そうとなれば話は早い。協力しろ」
「な、なんで?」
「あ?俺の知り合いに同じ能力者がいただけって話だ。お前が《白夜》に身を置いていたことは知っているが、命は惜しいだろう?艦を助けろ」
「んん?」
ケインは違和感に形のいい眉を寄せた。
先程から発射する五発に一発は相手に命中していたのだが、それがさっぱり当たらなくなっている。
そのくせこちらを攻撃する艦の射撃は、まるで《エクスティンクション》の動きを先読みしたかのように的確なものとなっていた。
右に旋回しようとすれば牽制されるし、《アーセナル》を撃とうとすればMSが死角から飛び出してくる。
「これは…」
苛立ちこそあったが、戸惑いの方が今のケインには強かった。
まだ《白夜》でテロリストを演じていた頃、行動を共にしていた男とのシュミレーションの場面そっくりそのままだったのだ。
「ジェット!」
「…、気付かれた!」
ジェットが弾かれたように顔を上げた。
まだ戸惑いを含むブリッジクルーの視線を気に留めることもなく、画面に映し出されたモスグリーンの機体を睨む。
その中で、彼をここにつれてきたイザークと彼の正体を知っているルナマリアだけはその挙動を真剣に見守っていた。
「奴はどうするつもりだ?」
「…」
「ジェット」
「待ってくれ」
ジェットは側頭部に手を当てて神経を集中しているようだ。
「あいつも戸惑っているみたい…いや、待て!」
「!!?」
「来る!《セイレーン》が左後方!!そのあとにすぐ《アーセナル》」
「とうとう叩き潰しにかかるか」
騙し騙し遊ばれている振りをして《ゴンドワナ》の射程距離内に入るつもりだったのだが、そう簡単にことは運ばないようだ。
「エンジン全開!」
「回避しつつ艦首をレベル7まで上げろ!同時にアンチビーム爆雷発射」
「撃ーーーーーーーー!!!!」
発射と同時に爆発による光が網膜を差す。
煙が視界を覆い、所々で火花が散った。
後方で巨大なエネルギーが通り過ぎた残像が映る…《セイレーン》か。
《アーセナル》の衝撃も小さい。
乗り切ったか?
しかし。
だめだ、とジェットが呟く。
すぐ傍にいたイザークだけにはその言葉が届いた。
「全員、衝撃に供えろ!!」
「艦長!《ヒュペリオン》が」
「あいつを何とかして止めろ!」
そう怒鳴ったアーサーだが、彼を始め《アトラス》のブリッジ全体に絶望感が圧し掛かっていた。
《エクスティンクション》の攻撃を受けた《ヒュペリオン》は爆発の煙に巻き込まれている。
おそらく直撃したものはないだろう…今のところは、だが。
《エクスティンクション》は撃ったばかりの《セイレーン》を《ヒュペリオン》に向けてもう一度発射しようとしていた。
連射できるようなものではない。
無理をすれば機体にも負荷が掛かるだろう。
だが《エクスティンクション》のパイロットがそれを気に留めるような人間ではないことが、この短い戦闘でアーサーにも感じ取れていた。
普通ではないのだ。
《セイレーン》の砲口から、ちらりと赤い炎が映えた。
「逃げろ!!シン、ルナマリアぁぁーーーー!」
「カウントダウン開始」
画面の隅に「5」の数字が浮き上がり、それが0へと向けてカウントされていく。
4。
3。
それを横目に、あらかじめダウンロードしていたプログラムを起動させる。
2。
上手くカウントと連動し、プログラムは忙しなく画面を切り替えていく。
1。
「一発勝負だ…いくぞ、《ディシジョン》!!」
0。
《ディシジョン》の右の甲のビームシールド発生装置から額電磁波受動体へと光が走る。
「ケイン!!!」
「!?」
今まさに火を噴こうとしている《セイレーン》と《ヒュペリオン》の間に、去来した《ディシジョン》が割り込んだ。
ゴウッ!!
MS一機だけなら軽く丸呑みする粒子砲が発射される。
カッッ!
ドドドゥッッ!!!
「何だ!!?」
ケインは仰天し、思わず後方に飛び退る。
そして目を疑った。
《セイレーン》の攻撃が直撃したはずの《ディシジョン》が、満身創痍ながらも五体の形をほぼ保っている。
ありえない!と叫びかけ、機体を取り囲むように電磁波の膜があることに気付く。
「ビームシールド、か?だが、この形は」
ケインも戦闘前に敵機の情報を可能な限り収集、解析して備えている。
《ディシジョン》のシールドは右手甲のビームシールド《ツェーンゲボート》のみで、あとはフェイズシフト装甲で防御を固めるものだったはず。
「そういえば…」
この奇妙なシールドが発生する直前、《ツェーンゲボート》発生装置から額の電磁波受動体へと光線が走ったのを見たような気がする。
まさか!
「ナチュラルの餓鬼が即席でビームシールドを?」
「機械いじりは、得意だからね」
エネルギー切れで消えていくシールドの向こうから、息の荒い少年の声が聞こえた。
先だっての《エクスティンクション》との戦闘で《ツェーンゲボート》は故障していた。
タクトはケインが《ヒュペリオン》を攻撃すると踏んで、後を追いかけながら《ツェーンゲボート》のシールド発生装置を改変していたのだ。
故障したといってもビーム放出の値を下げれば直す必要はないと判断し、それを額の電磁波受動体で受け入れて一時的に広範囲に放出するようにプログラミングした。
ぶっつけ本番、しかもチャンスは一回きりとリスクが高い挑戦だった。
短い間にほとんど思いつきと気合で作り出したそれは、しかしながら想像以上の傑作となったようだ。
後方のカメラで母艦の《ヒュペリオン》が後退しているのを確認し、タクトは己の状況も忘れて口角を吊り上げた。
守れた。
大切なものを。
その一点のみがタクトの心を満たす。
「ざまあ、みやがれっ!」
C.E.79 5月6日 1254時(戦闘開始から127分)。
「《ディシジョン》…タクト」
イザークの部屋に備え付けられたウィンドウで、ほのかは戦いの一部始終を見ていた。
部屋には彼女の他にも、医務室に入りきらなかった比較的軽傷のクルーが座り込んで戦況を見守っている。
「あれを操縦してるのって、ナチュラルの子供だろ?」
「凄いじゃないか!あの《エクスティンクション》と互角に見えるぞ」
「俺たちを助けてくれたみたいだな」
一時は死の覚悟すらしただけに、ヒーローのごとく舞い降りた友軍機の姿にクルーたちは興奮気味だ。
「あの子供の名前、ええと」
「タクトとか言わなかったか?」
「そうだよ、タクト・キサラギ!」
「タクト」
《ディシジョン》はここに来る前にも一度、《エクスティンクション》とぶつかっているはずだ。
《コンヴィクション》に乗っていた時のほのかの記億はかなり混濁していたが、自分に必死で呼びかけてきたタクトの声は鼓膜に焼き付いている。
―――ほのか!
《ディシジョン》は見た目にぼろぼろだった。
左腕は途中で千切れており、あろうことかカスタムの刀の刀身をその切断面に無理矢理差し入れている。
かなり危険な、無茶な姿だ。
ケインが駆る《エクスティンクション》もまた無理な連射のせいで《セイレーン》を使用不能にしてしまっているが、状態だけで言うならば明らかにタクトが不利に思われた。
「タクト!!」
突然高い声を上げウィンドウにかじりついたほのかに、周囲のクルーたちは驚いた顔をする。
「タクトがんばって!負けないで!死んじゃだめ!!!」
《エクスティンクション》が《ツォーン》を放つ。
《ディシジョン》はぎりぎりでよける。
「タクトぉ!!」
《ディシジョン》が《アーセナル》を展開して応戦する。
《エクスティンクション》も同じく背中の《アーセナル》を広げた。
ビームと砲弾の応酬となる。
ほのかはおもわず目をそらしそうになった。
「そ、そうだ。負けるな坊主!タクト・キサラギ!!」
だがすぐ隣にいた若いクルーの声を皮切りに、部屋の空気が一気に変わる。
「頑張れタクト!」
「ガールフレンドも応援しているぞ」
「ナチュラルの根性見せてみろ!テロリストなんかに遅れをとるんじゃねぇ!」
「ジュール隊は気合だ、気合!!」
部屋にいたクルーたちも一丸となってタクトへの声援を口にする。
ほのかはきょとんとして、けれど明らかにこれまでと違う熱気に心強さのようなものを感じた。
タクトがケインに負ければ己たちの身が危うくなるという気持ちはクルーたちの中にもちろんあっただろうが、
どこか不気味さを漂わせる敵に果敢に立ち向かう少年の雄姿に心打たれたのかもしれない。
…結局のところ、ジュール隊はノリがいいのだった。
「クソガキがぁ!!」
「お前なんかに!!」
二機の《アーセナル》から放たれたビーム、砲弾が激しく行きかう。
もはやよけることは互いの念頭にない。
どこまで機体がもつか、はたまたその間にどれだけ別の一撃を加えて決定打を与えるかに意識が集中していた。
先に動いたのは《エクスティンクション》の方だった。
《アーセナル》の右片翼のみを一度閉じ、腰部に装備されている接近戦用の武器を掴む。
《スティンガー》…柄の長い斧状の武器で、両手こそふさがるものの機動性、破壊力ともに優れた武器だ。
折りたたまれていたそれを戦闘体形にすると同時に《エクスティンクション》は《ディシジョン》へ突進しようとする。
だが、突進してきたのは《ディシジョン》の方が先だった。
「…ッ!さっきと同じか!!」
先程も急激に距離を詰められて攻撃の標準を外された。
一見無謀な突進に見えるが、敵機に自機と同等かそれ以上の機動力がある場合はら受けるダメージを軽減できる可能性が高い。
実際、《エクスティンクション》は一撃必殺で片をつけようと《スティンガー》を振りかぶっている最中だった。
絶妙なタイミングで距離を詰められてしまったのだ。
こちらが《スティンガー》を振り下ろすより、相手が右腕と一体化させた《アズラドラゴン》の刃を突き立てる方が早い。
だが。
「何度も同じ手にぃ!!!」
《エクスティンクション》の右手が《スティンガー》の柄から離れた。
振り上げられた時の勢いを左手のみでは殺せず、《スティンガー》はそのまま頭上へと飛んでいく。
しかしケインは構うことなく、右手を前方へと突き出した。
手のひらには超熱波発生装置《シャンクス》。
対するタクトは、それでも突進を止めなかった。
もはやシールドはない。
右腕に半端に刺さった《アズラドラゴン》を左手で押さえ、切っ先を真っ直ぐ相手へと向ける。
最後の一撃…これで、決着が付く。
全ては《ZONE現象》の中で起こったこと。
タクトの網膜にはこれまでにないほどクリアに、そしてゆっくりとした流れで《エクスティンクション》の動きが映っていた。
《エクスティンクション》の右手が、ありえない軌道を描いて突き出されようとしている。
もしこれが生身の人間の腕であれば、途中で腱や筋が切れていただろう。
ケインの負けられないという気迫が伝わってくるようだった。
だがそれはこちらも同じだ。
他人の生を途絶えさせることに腹を据えたわけでも、戦争の現実に納得したわけでもない。
頭の中にあったのは、現実の厳しさに打ちひしがれそうになっていた自分を支え励ましてくれたジュール隊やディーゼル隊の仲間のこと。
そして理不尽に耐え続けていた、ある意味この戦争の最大の被害者とも言えるほのか。
彼らが生き延びてくれれば、と。
あの強い意志と確固とした信念を持つ人々が生きながらえることで、この戦いで消えていった命に何か理由が見出せるのではないかと思った。
すでに他者の命を奪った…もはや「兵士」となった自分自身にも。
ぱぁ、んっ。
頭の中で、何かが弾けた。
不思議な感覚だった。
タクトの両眼は食い入るように迫り来る《エクスティンクション》の姿を見ているのに、意識の外で自分を後方から眺めているようだ。
広がった視界ではない視界のうちに。
《オプティマス》の画面が、まるでタクトを鼓舞するように点滅している。
最初はうっとうしかった緑の電文字も、今では心強く、やさしい色に見える。
カメラや壁に反射して、タクトを包み込んで。
そして。
ぱちっ。
ぱらら…。
…。
消えた。
2010/01/16