PHASE-32「アズラドラゴンの宣言




 C.E.79 5月6日 1242時(戦闘開始から133分)。


 「…ひっ!」
 銃を鼻先に突きつけられたドミトリアス・バルフォアは、喉の奥で短い悲鳴を上げた。
 プラント最高評議会の議長室。
 クーデターが成功して以来、バルフォアのものとなっていたプラントの頂点たる象徴の椅子。
 そこにはバルフォアでもラクスでもなく、別の人物が足を組んで腰掛けていた。
 「お、お前モートン…どうしてここに?ブルーアッシュで戦闘中ではなかったのか」
 そう、そこにいるのはプラント側の最高指揮者であるはずのスチュアート・モートンだった。
 二時間前に始まった《ゴンドワナ》討伐戦はピークを超え、プラント側不利で小康状態に移行しそうであるという報告を受けたばかりだ。
 その矢先に武装した集団をつれたモートンが議長室に乗り込んできたのである。
 「どういうつもりだ?一体何を?」
 「お前が悪い、バルフォア」
 「何」
 「俺がこんな手段を選ばざるを得なかった理由は貴様が作り出したんだろう、まさか身に覚えがないとでも言うつもりか?」
 「…」
 L4でのディーゼル隊討伐以来、バルフォアはあからさまにモートンとの接触を避けた。
 原因はもちろんディーゼルが残したバルフォアとの会話だ。
 冤罪によってディーゼルを部下もろとも抹消すると告白したような台詞の数々。
 今回の《ゴンドワナ》戦のそもそもの発端といえる。
 「あれはお前がうかつだったからだろう!録音されているというのにぺらぺらと。自分が言ったことくらい自分で責任を取れ!」
 「ふん。やはり俺に全て押し付けるつもりだったか」
 モートンは鷲のような目を眇めてバルフォアを眺める。
 この男をプラントの頂点にするため、汚い仕事をこなしてきたのだ。
 それをたった一度の失敗でゴミのように捨てられては適わなかった。
 大体あのディーゼル隊討伐を指示したのはバルフォアなのだ。
 責任の半分はこの男にもあるはず。
 「貴様の身柄を拘束させてもらう」
 「な、ふざけるな!」
 「口を慎め。全ての指の爪を剥いで、背中の皮が崩れるまで鞭で叩いてやってもいいんだぞ。俺の拷問のやり方は見たことがあるだろう」
 「うっ」
 「心配するな、バルフォア」
 モートンは組んでいた椅子から立ち上がると、這い蹲っているバルフォアの後頭部の髪を乱暴に掴んだ。
 「俺たちは長年の親友だ」
 「、モートン」
 バルフォアは思わず顔に愛想笑いを浮かべようとした、が。

 「殺す時は、苦しまない方法で逝かせてやる」 
 自分がプラントの頂点に立った後で。

 もとより一度裏切ったバルフォアを助けるという選択肢など、モートンの中にはないのだ。
 自分に逆らった全ての者を消そうとしている。
 《ゴンドワナ》に集結した勢力も、キラ・ヤマトの力があれば解決しうるだろう。
 キラのようなMSの操縦しか能のない小物など、後からどうとでもなる。
 そうなれば。 
 「私に意を唱えられる者はなくなる!私が頂点に立つんだ!」
 「お前は、自分は軍人にしかなりえないと、自分でそう言ったじゃないか」
 「ああ、その通りだ。私の志は十年前から変わっていない…保身しか考えなくなってしまったお前と違ってな!」
 「…ッ」
 「もはや貴様にあの時の大儀がなせるわけがない!お前をパートナーに選んだのは私の見込み違いだった。
 これからは全て私がやる。私がコーディネーターの新たな未来を………っ」
 「?」
 モートンの言葉は中途半端に途切れ、顔を伏せていたバルフォアが眉をひそめて視線を上げる。
 「はいはい。はしゃぐのはそれくらいにしてもらえませんか」
 「な、貴様?」
 モートンの真後ろに立っていた部下の一人が、あろうことか上官のこめかみに銃口を突き立てていた。
 バルフォアも訳が分からず呆然としている。
 二人が硬直している間に他の兵士たちもそれぞれ動き、モートンを後ろ手にして手錠をかけてしまった。
 かと言ってバルフォアも自由になったわけではなく、同じようにして手錠をかけられる。
 モートンとバルフォアの身動きが取れなくなったところで、最初に言葉を発した男が武装メットを外した。
 浅黒い肌に金髪、精悍な顔立ちをどこかニヒルに歪めた20代の男だ。
 「貴様、エルスマンの息子!!?」
 記億の中にある写真の顔が一致しバルフォアが裏返った声を上げ、モートンもぎょっとした顔をする。
 《ゴンドワナ》勢力の協力者として名前が挙がっていた元議員タッド・エルスマンの息子…名前は確かディアッカと言ったか。
 イザーク・ジュールの元部下でもあったが、現在はナチュラルの女と結婚して地球に移り住んでいるはずだった。
 それが、どうして。
 「すいませんねぇ。今の会話全部録音させてもらいましたから」
 「何だと!!?」
 「それから下手な期待させるといけないから教えておきますけど、キラ・ヤマトは戦死しました」
 「!?」
 「馬鹿な・」
 「他の主だった機体やエースパイロットも殉死あるいは投降してますよ」
 あまりのことにモートンもバルフォアも声が出なかった。
 キラ・ヤマトの戦士はにわかに信じられないが、ディアッカの様子は真実しか主張し得ないという独特の雰囲気がある。
 バルフォアに至っては衝撃でへなへなと崩れ落ち、取り押さえている兵士の支え無しでは立てないほどだ。


 実はモートンが引き連れていた武装兵は、全て議事会に潜入する直前に入れ替わっていた。
 モートン自身がプラントに残っているという状況を押し隠すため、主だった側近たちを戦場に回したのが仇になったのだ。
 忠実で優秀ではある兵士たちが作戦に選ばれるが、彼らの一人一人の顔をいちいち覚えていられない。
 口を開くとなれば会話ではなく命令だった為、モートンは部下たちが全員入れ替わったことに最後まで気付くことができなかった。
 「悲しいね、理想が高すぎるとこんなことになっちまうんだ」
 モートンは外へと連れ出され、議長室にはバルフォアとディアッカの二人きりになった。
 「子供に何が分かる!?お前とて、クラインの夢物語に乗って二度もプラントを裏切っただろうが!」
 「それについて否定はしないよ。自慢できるのは《ジェネシス》を止めたことぐらいだからな」
 パトリック・ザラ、ギルバート・デュランダル、クライン父娘。
 出発点の違いこそあれ、全員がコーディネーターと人類のためになると信じて立ち上がり、仲間を導こうとした。
 しかし理想を追い求め足元をおろそかにし、最後は権力に固執して憐れな最期を遂げている。
 ラクスの思想に共感したことのあるディアッカも…キラもイザークも、シンも同じことだ。
 理想ではなく、人を見なければいけなかったのに。
 
 「反省会はまた今度にしましょう。あんたには今すぐやってもらうことがある」
 「な、なんだ?」
 最初はディアッカに威勢良く噛み付いていたバルフォアも、急に怯えたような表情になる。
 先程までモートンに味合わされた死への恐怖がよっぽど堪えたらしい。
 これは扱いやすいとディアッカは片頬を緩めた。




 『私は最高評議会議員、ドミトリアス・バルフォアです。プラント側は《ゴンドワナ》連合軍に対し、停戦を申し入れます。繰り返します…』

 『私は最高評議会のコウイチ・アボットです。ただちに戦闘を中止してください。プラントと我ら《ゴンドワナ》連合軍の間で停戦協約が交わされました。繰り返します、全軍直ちに先頭を中止してください』

 『ヤマト隊、モートン隊は今すぐに戦闘を中止し、プラントへ帰還せよ。全ての武装を解き、本国へ帰還せよ』

 『《ゴンドワナ》に属する艦およびMSは管制室の指示に従って各ドックに着艦せよ。指示は…』




 かちゃん。
 ドアノブが回った。
 
 ラクスはぱっと顔を上げる。
 食事の時間にはまだ早いはず。
 期待を込めて開けられるドアを見やれば、見知った顔があった。
 「ディアッカさん!」
 旧友の姿にラクスは思わず飛びつく。
 やっぱりそうだ、プラントにとって…世界にとって必要たるラクス・クラインがこの狭い地下に押し込められたまま終わるはずがなかったのだ。
 「助けに来てくださると思っていましたわ。よく来てくれました」
 「…」
 「状況はどうなっていますの?すぐにでも私が無事だということを示し、プラントの皆さんに安心してもらわなくては」
 「…」
 「ああ、その前にシャワーと着替えが必要ですね。みっともない格好で抱きついたりしてごめんなさい」
 「そんな心配をする必要はありませんよ」
 「分かっていますわ。ディアッカさんはいつも気が利きますもの。とっくに用意してあるのでしょう?」
 解放されるという安堵感と自分は特別な存在だという自負心に酔っているラクスに、ディアッカは吐き気に近いものを覚えた。
 パトリックやモートンは追い詰められて次第に狂っていったが、この女はもとからおかしいのだろう。
 その特殊さを周囲の者たちは王の気質とすり替えていたようだが、今のディアッカには夢想に浸る大きな子供にしか見えなかった。
 「さあ参りましょう、ディアッカ、さん?」

 ラクスの満面の笑顔が、醜く歪んだ。

 ディアッカが自分に向けて突き出す小銃を愕然とした様子で見ている。
 「あの、何の冗談?」
 「すみませんね、あんたはもうプラントには必要ない…いや、むしろ障害になる人だ」
 「何ですって!?」
 一瞬にしてラクスの表情に怒りが浮かんだ。
 「私を否定するのですか?あなたほどの人が?」
 「ええ、そうです」
 「何故!!?」
 「あんたが誰よりもコーディネーターの未来を見限っているから。
 皆は未来が欲しいのに、あんたは現在に縋って未来への道を閉ざそうとしている…コーディネーターを滅ぼそうとしている」
 「ぶ、無礼な」
 ラクスの色あせた唇がわなわなと震える。
 しかしぞっとするほど冷たいディアッカの瞳に、本気で自分を殺そうと構えていると見て取った。
 「誰か!誰かいないの!?この不届きな方を捕まえて、私を助けて!!」
 「無駄ですよ。あんたの信望者にこの場所が知らされるのは一時間後」
 「ひっ、私にこんなことをしてただで、済むと…」
 「ラクス・クラインは俺たちが駆けつけてきたときにはすでに何者かに殺されていた。使われた銃は議長室にあったラクス・クライン自身のもの。射殺した犯人は不明」
 「や、やめて…ねえ、やめて、お願い。何でもするからッッ」
 ラクスは座り込み、恐怖のあまり失禁している。
 ディアッカはその様子を惨めだと哂いはしなかった。
 死に直面した時の恐怖なら知っている。
 
 「さようなら、ラクス」

 バシュッ。
 サイレンサーをつけた銃口から飛び出した弾丸は。
 かつて平和の歌姫だった女の額の真ん中を無情に貫いた。
 





 光を反射させながら、腕に半端にくっついていただけの《アズラドラゴン》が弾かれた。
 《エクスティンクション》のコクピットのすぐ近く…脇腹の部分を狙ったものだったが装甲にいとも容易く拒まれる。
 《ディシジョン》の体勢はそのまま前のめりになり、しかし、ごりっと不快な音がして動きが止まる。
 頭部が《エクスティンクション》の悪魔の手《シャンクス》に押さえられていた。
 ぼこぼこっ。
 鉄の塊が飴のように融解、膨張。
 灼熱がコクピットに到達するまでコンマ数秒しかない。
 けれどもタクトは少しも慌てなかった。
 右手首の部分が《エクスティンクション》の胸部に押し当てられている。
 そこは《ツォーン》の発射口だった。
 戸惑いは、あった。
 けれど彼を止めなければという気持ちが引き金を引かせていた。
 ごっ。
 発射された実弾ミサイル《ガルーダ》が、《ツォーン》の発射口に吸い込まれた。



 ジェットは突然がばっ、と顔を上げた。
 すぐ近くにいたルナマリアが何事かと目を剥く。
 「何、どうかしたの?」
 「タクト」
 「え?」
 どうやらまた何か感じたらしい。
 ジェットはイザークに向き直るなり大声で詰め寄った。
 「隊長、MSを俺に貸してくれ!」
 「?」
 「あいつを助けに行きたい。今から行けば間に合うかもしれない」
 「あの戦闘に参加するということか?」
 「違う、助けに行くんだ」
 「…」
 「頼む、俺を信じてくれ!!」
 「…わかった」
 「隊長!?」
 イザークの返答にブリッジの他のクルーたちも驚く。
 ジェットは決して信用されたわけではない。
 MSを与えて逃げるだけならまだしも、こちらに攻撃してこないとも限らない。
 しかしイザークは迷っている暇はないと判断したようだった。
 「《ルージュウルフ》を使え。ルナマリア、一緒に行ってロックを外してやれ」
 「はいっ」
 
 「隊長」
 ルナマリアとジェットがブリッジを出た後、アランが険しい顔でイザークを睨む。
 上司の判断は傍目から見れば不可解で、結果次第では軽率だと糾弾されるものだ。
 だがイザークはジェットを信じると決めていた。
 「この艦を攻撃するのなら機会がいくらでもあったし、そんなことをしても奴にメリットなどないさ」
 「しかし…」
 「タクトを、」
 「?」
 「タクトを助けなければならない。この内戦を起こしてしまった者の責任として」
 「隊長」
 「コーディネーターの未来のために…ラクス・クラインが諦めて閉ざしてしまった未来を信じて切り開こうとするナチュラルの子供。メサイアでラクス・クラインを選んでしまった俺たちがあいつを助けるのは、新人類と自負するコーディネーターにとっては最低限の義務じゃないのか」
 アランはもう何も言わなかった。

 わずかばかりの静寂が訪れたブリッジに、《ルージュウルフ》の発進許可を求める通信が心持ち大きく響いた。



 
 妙な感覚はあった。
 けれども何をされたのか気付いた時には、灼熱が全身を覆っていた。
 「―――は?」
 視界まで真っ赤に染まる。
 ケインの体は熱に耐え切れず、蒸発を始めた。
 胸元のプラチナのペンダントだけがでろりと融解する。
 「な…で…」
 手を伸ばす。
 灼熱に焼かれ、苦しむはずなのは《ディシジョン》タクトの方だ。
 伸ばした手に感覚はない。
 視界は赤から黒に変わっている。
 それが意味するものを、ケインは知っていた。

 死にたくない。
 いやだ、まだ消えたくない。
 助けてくれ、ホノカ。
 ホノカ、…いいや。
 「母さん!!!!」

 咆哮とともに。
 《エクスティンクション》が爆散した。
 蒸発し切れなかったペンダントもまた。
 その白い炎に包まれて…跡形もなく消えた。




 ―――生きて。

 『タクト、タクト、聞こえるか?』
 優しい声。
 『返事をしてくれ。死ぬな』
 誰だろう。
 一瞬、《オプティマス》が呼びかけているのかと思った。
 そんなはずはないのに。
 『タクト!』
 「うっ」
 ひゅっ、と吸い込んだ空気が口に入り込んだ瞬間、刺すような痛みが喉を襲った。
 「ごほっ、ごほっ…がはっっ、う、えぇっ!」
 『タクト?』
 「がはっ、はっ…はあ…はぁっ」
 激しくむせこみながらタクトは体を折り曲げる。
 痛い。
 それに凄く暑い。
 生きて、いる?
 『タクト!』
 「は、ジェット?」
 『そうだ、良かった!すぐに《ヒュペリオン》に運んでやるからな』
 「ぼ、ぼく」
 見回せば、そこは《ディシジョン》のコクピットの中のように思われた。
 けれども。
 「オプティマス…」
 モニタに映っているのは一部のカメラの映像のみ。
 《オプティマスシステム》も、《ディシジョン》の基本プログラムも沈黙している。
 タクトはようやく自分がコクピット部分ごと《ディシジョン》を脱出したことを悟った。
 『《エクスティンクション》はロストした。ケインはお前と違って脱出できなかったようだな』
 「ケイン」
 ケイン・アークライトは死んだのか。
 『それにしても良かった。お前がコクピットを切り離すつもりだと感じ取って…飛び出してきた甲斐があった』
 「え?」
 ジェットの言葉にタクトは首をかしげた。
 脱出なんて、頭にあっただろうか?
 《エクスティンクション》を止めることしか考えていなかった気がする。
 緊急プログラムとしてあることは知っていたが、宇宙空間でコクピットのみで脱出することはリスクが大きい。
 そもそもこんな状況になるまでこのプログラムのことは完全に失念していたのに。
 だがジェットが嘘を言っているとも思えない。

 ―――生きて。

 あれは自分の声だった?
 それとも…。




 『プラント側は《ゴンドワナ》連合軍に対し、停戦を申し入れます。繰り返します、私プラント評議会議長ドミトリアス・バルフォアは…』
 『ただちに戦闘を中止してください。プラントと我ら《ゴンドワナ》連合軍の間で停戦協約が交わされました。全軍直ちに先頭を中止してください』
 再び澱んでいく意識の中で、タクトは停戦を呼びかける二つの勢力の代表の声を聞く。

 C.E.79 5月6日 1248時。
 謎の集団《白夜》の襲撃に始まる一連の事件…プラント史上最大の内戦は、ここに幕を閉じた。







 C.E.79 5月22日。 プラント、マイウス市にある総合病院。

 「こんにちはー。タクト君」
 昼食も終わりベッドの上でうとうとしかけていたタクトは、元気な訪問者に瞳を輝かせた。
 「ルナマリアさん、アスカさん!」
 扉から顔を覗かせたのはシン・アスカとルナマリア・ホークだった。
 「ひさしぶりー!」
 ルナマリアはタクトに歩み寄るなりその体を抱きしめ、タクトの顔は豊かな胸に埋もれる形となる。
 シンはそれをじとりと横目で睨みながらも「土産・・・」と呟きながら菓子の箱をテーブルの上に置いてくれた。
 「どうしたんですか、急に?」
 「検査に来たから寄ってみたのよ」
 「ホント!?」
 検査、という言葉にタクトの視線はルナマリアの腹へと向かっていた。
 彼女が妊娠しているということは先日知ったばかりだ。
 「もう動くんですか?耳あててみていい?」
 「いいけど・・・まだ外からは分からないかなぁ」
 そう言いながらもルナマリアはタクトに腹を触らせてくれた。
 まだそれらしいふくらみが分かりづらいそこからは、彼女の言うとおり赤ん坊の様子は汲み取れない。
 「でも写真は撮ってもらったわよ。見る?」
 「見ます!」
 ルナマリアは鞄から差し出した封筒から産婦人科で取ってもらった赤ん坊の画像をタクトに差し出す。
 タクトは腹の中で成長中のシンとルナマリアの子供に興味深々だ。
 すでに人形となっている赤ん坊の画像を真剣に眺めるタクトの不揃いに跳ねた髪をルナマリアは優しく撫でた。
 
 タクトは爆発する直前の《ディシジョン》から間一髪脱出し、《ルージュウルフ》に乗ったジェットに助け出されていた。
 その直後の停戦宣言。
 タクトはすぐさま緊急処置が施され、プラントの病院へ移送された。
 全身打撲に広範囲の火傷を負っていたが命に別状はなく、培養した自分の皮膚を移植する手術も先日受けている。
 最初に見舞いに来た時は顔中に包帯が巻かれていてかわいそうなほどだったが、今では手術の影響で少しむくんでいることを覗けばかつての可愛らしい顔立ちがほぼ完全に戻っていた。
 痕もほとんど残らないと聞いて一安心だ。

 「タクト君、明後日は一日退院できるんでしょう?」
 「あ、はい。・・・本当はもう寝てる必要もないんですけど」
 「だめよ、火傷は甘く見ちゃ」
 「えーと」
 こつんと額を小突かれて、タクトが頬を赤らめる。
 「ル、ルナマリアさんのウェディングドレス、楽しみです」
 「ええ。楽しみにしてて」
 シンとルナマリアは今日にでも籍を入れる予定だ。
 明後日はイザークの母親が手配してくれた教会でささやかな結婚式を挙げる。
 心配していたヴィーノも無事に助け出されており、アーサー・トライン、ヨウラン・ケントともども式に参加することが決まっていた。
 式の直前に手術を受けたタクトの出席如何だけが宙ぶらりんだったのだが、それも問題なさそうである。


 結婚式の招待状を置いたカップルを見送るった後。
 ぼふっ。
 タクトは背中から勢いよくシーツにうずまる。
 手術を受けたのと同じ日の5月20日。
 臨時評議会が収集され、《アズラドラゴンの宣言》が発表された。
 臨時の議長に選出されたラフィーク・アル・サールは、《白夜》のジュール隊襲撃に始まる一連の事件がドミトリアス・バルフォアとスチュアート・モートンの策謀によるものと発表した。
 二人はすでに拘束され、裁判も開かれる予定だ。
 しかし臨時議会は二人に全ての責任を押し付けることはせず、ラクス・クライン、アイリーン・カナーバをも糾弾した。
 アイリーンは遺体が滅却されていたが、モートンや部下たちの供述で死亡がはっきりしており、ラクス・クラインに至っては地下室で無残な死体となって発見されている。
 バルフォアあるいはモートンの手の者によって殺害された、自殺だった、という説もあるが、真相は闇の中だ。
 さらにラフィークは自分たちも責任を取る形で、状況が落ち着く三ヵ月後頃を目処に総辞職をすることにしている。
 ゆえに戦後処理が急ピッチで行われていた。

 軍は一時個々の隊が解散され、イザーク・ジュールを筆頭に隊の再配備と平行して戦死者の確認等が行われている。
 前体戦からの精神的ストレスを理由にシンが休職、ルナマリアも産休を取ってしまったため、
 イザークとアランはとんでもない忙しさに追われているそうだ。
 結婚式にも参加は無理らしい。
 だが彼らのお陰で、タクトにも戦争がもたらしたものが見えてきた。

 ブルーアッシュの戦いのジュール隊に関して言えば、犠牲はミンシア・アボット、そしてリーゼ・エッシェンバッハだ。
 どういうわけか、二人の遺体は《マンティスα》のコクピットの中で揃って発見されたらしい。
 ミンシアの死因は出血多量のための失血死、リーゼは携帯していた小銃での自殺と判断された。
 遺体を確認したイザークによると、《マンティスα》のコクピットにミンシアの出血の跡はほとんどなかたため、
 彼女が《ゼロスリー》で死亡した後にリーゼが助ける目的で自機に引き上げたと見るのが妥当だという。
 その後、リーゼの心中でどんな葛藤があったかは分からない。
 彼は遺書らしきものを残すこともなく、ミンシアの冷たい躯を片腕に抱き、もう片方の手でこめかみを撃ち抜くための引き金を引いた。
 おそらくはイザークにとってリュカやディーゼルの死以上に衝撃と絶望を与えたに違いない。
 タクトも・・・実際目にしていないとはいえ、同じ年頃の二人の悲惨な最期は一生忘れられないだろう。
 
 モートン側の主なパイロットは一にキラ・ヤマトが上げられる。
 ラクス・クラインもなく、マーチン・ダコスタ、アイリーン・カナーバもすでに死亡。
 統制者なきクライン派の空中分解は確実だ。
 ケイン・アークライトも《ヒュペリオン》、《アトラス》のカメラの映像から死亡したと断定された。
 MIAは《マンティス》のダンヒル兄妹をはじめ、モートン側の主だった将だけでなく《ゴンドワナ》に集結した兵にも犠牲は多い。
 プラント史上初めての大々的な内戦ということもあり、国の権威が失墜したのは間違いない。
 幸運だったのはこの事体に地球側が全く介入してこなかったことであるが、
 今回の事体を招いたプラント最高評議会がこの先外交等で軽んじられるのは必然となるだろう。
 それでも。

 「ディーゼル隊長が生きてたら、何て言うかなぁ」
 プラントの情勢は決して良くなったとは言いがたい。
 けれども、最悪ではない。
 ディーゼルだったら、あの優しい笑顔で誉めてくれると思った。





 ジェットは差し入れられたライスボールを頬張りながら、手に持った書類に目を通していた。
 これから査問会に出席し、《白夜》について知りうる限りを話さなくてはならないのだ。
 もう一人の生き残り、ほのかは出廷が見送られている。
 詳しい検査で記億操作をされていたことが分かっており、可能な質問は限られているからだ。
 ジェットは記億操作がされていないものの、ケインやほのかたちと違ってモートンの部下になってから日が浅い。
 モートン、バルフォア側の弁護団は強気に出てくるだろう。
 
 査問の時間が迫りいささか緊張した面持ちでいたジェットは、廊下からこちらに歩いてくる人影に気が付いた。
 「シン・アスカ」
 「…コーヒー」
 「あ、ああ。ありがとう」
 自販機で買ったのだろう、缶のホットコーヒーを手渡される。
 「結婚したんだってな。おめでとう」
 「ん」
 賛辞の言葉にシンは僅かに頷いただけだ。
 表情にほとんど変化がないように見えるが、頬に赤みが差しているので照れているのだろうと思った。
 今は軍から離れて病院に通っているはずだ。
 何でも前大戦で精神面で大きなダメージを負っているにも関わらず、クライン政権下では叛意なしと示すために軍にい続けるしかなかったという。
 「大丈夫なのか?」
 「は?」
 「体、調子悪くないの?」
 「…ああ。平気だ」
 まさかシンに心配されるとは思わず、ジェットは軽く驚いた。
 「今のところは、だがな。そのうち発作も出てくるさ」
 「…」
 「分かっていたことだ。今更失望などしていない…適当に生きるさ」
 「レイは」
 「?」
 「レイは、違った。生きてるうちに何かを、残したかったんだと思う。だから戦争がない世界を目指すデュランダル議長のために戦った」
 「俺は自分のためにしか生きたことがない。そのレイって奴だって、自分のために生きたんだ」
 「…皆、違うと思う?」
 「クローンが皆同じ思考のコピー人間だとでも?」
 やや嫌味を含んで言えば、シンは首を横に振った。
 そしてしばらくうつむいた後、「ただ」と呟く。
 「ただ、レイが生きてる時にあんたがいてくれてたらと思った」
 「…そうか」
 何となく分かる。
 レイという名前の、自分と同じ運命を持った違う存在。
 それがどんな生き方を選び、シンの心の中に何を残したのか。
 
 「裁判が終わったら、どうするの?」
 「まだ決めてない。きっと五、六年は掛かるだろうからな。それまで生きていられるかどうか…」
 おどけたように言って、ちらりとシンへと視線をやる。
 真紅の瞳は真っ直ぐこちらを映し出していて、磨きこまれたルビーのようだ。
 「そうだな…。イザーク・ジュールが下で働かないかと言ってくれているからそうしてみるのもいいな」
 「プラントに、残るの?」
 初めてシンの顔に笑顔と認識できるものが浮かび、ジェットは毒気を抜かれてしまった。
 「良かった」
 まだ分からないぞ、と言おうとしたが結局止める。
 これまで流されて生きてきたのだ。
 一所に留まるのも悪くないかもしれないと思った。 
 




 C.E.79 7月18日。 プラント、アプリリウス市の空港

 タクトは宇宙艦の発着音と、人のざわめきが蔓延する独特の雰囲気の港を見渡していた。
 五ヶ月前、家で同然にこの港に飛び込んだのが遠い昔のようだった。
 偶然にも四将であるキラ、モートン、イザーク、ディーゼルに出会い、帰るように説得されたのだっけ。
 それでも食い下がり、折れたディーゼルの手配でザフトに入ってからは嵐の日々だった。
 過ぎてみればキラとディーゼルは亡く、モートンは反逆者の烙印を押されて収監されている。

 「タクト、元気でな」
 「うん。ヴィーノ、色々ありがとう」
 見送りに来てくれたヴィーノと硬い握手を交わす。
 「査問、ご苦労だったな」
 「メイデス艦長が色々指導してくださったおかげです」
 アランがくしゃくしゃと頭をかき回してくる。
 彼と会うのはブルーアッシュの戦場以来だった。
 激務に追われたアランは部下のシンとルナマリアの結婚式には出席できなかったし、内戦の犠牲者を弔う合同慰霊祭では一般参加したタクトとは別行動だった。
 妻は既に亡く、一人息子のリュケイミルも今回の内戦の犠牲となった。
 それでも彼はこのままザフトに留まり、プラントを守っていくのだそうだ。

 次にタクトは、イザークの後ろからおずおずと出てきた水色の髪の少女に目を向ける。
 白いワンピースを着たほのかは前にあったときより顔色が良かった。
 「タクト…」
 「ほのか、その…」
 「行っちゃうの?」
 金色の瞳が悲しみに曇る。
 あの激戦を共に生き抜き再会した後は、何度となく彼女と顔を合わせ話もした。
 ほのかとはジュール隊の仲間たちとはまた違った絆がある。
 タクトとて、彼女と別れるのは辛かった。
 「大丈夫、僕はまた戻ってくるから」
 「ほんとう?」
 「うん!」
 顔を寄せて、白い頬にキスをする。
 唇にできないのは至極残念だがまだ告白もしていないのだ、仕方ない。
 ほのかに自分の思いを伝える前に、タクトはどうしてもしておきたいことがあった。
 タクトはキスをしたほのかの肩を引き寄せたまま、二人の様子を特に気にする用でもなく眺めていたイザークを見上げる。
 「ジュール隊長…いいえ、イザークさん」
 「ああ」
 彼は見慣れた白い軍服姿ではなかった。
 つい先日、軍を辞して最高評議会議員の臨時議長、アル・サールの補佐についている。
 とうとう評議会に背を向けるわけには行かなくなったと悟ったのか、母親と同じ道を歩むことにしたのだ。
 リーゼとミンシアのこともなにか影響しているのかもしれない。
 ともあれジュール最高評議会議長が誕生するのはさほど遠くないだろう。
 
 このことを知ったタクトは、《敵》がどんなに強大であるのかを痛感せざるをえなかった。
 いや、肩書きはさほど重要ではないのかもしれない。
 けれどもこのままではほのかを得るに相応しい男とは言えない!!

 「じゃあ元気で…」
 「僕は諦めません!」
 「…はあ?」
 別れの言葉ではなく、人差し指を突き出してきたタクトにイザークは眉を寄せる。
 怒ったのではなく、普段礼節をわきまえる少年の行為に面食らったのだ。
 だが今のタクトはイザークの困惑などおかまいなしだった。
 「今はほのかを守れるのはイザークさんしかいないから仕方ありませんけど、僕は必ずもどってきますから!今度会うときは覚悟しておいて下さい。必ずほのかに相応しい男になってみせますっ」
 「はあああ?」
 タクトはまくし立てるだけまくし立て、そのまま一直線にエアドアの中に飛び込んでいってしまった。
 唖然としているイザークとほのかの後ろで、ルナマリアやヴィーノ、ヨウランたちがげらげら笑っている。

 「メイデス艦長…」
 「はい」
 「俺は何かタクトの気に触るようなことをしたのか?」
 「…おそらく」
 「そもそもほのかがどう関係するんだ?」
 「…」




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2010/01/16